02 少女の名はセフィラ
「……ん……あれ?ここは?そっか。私死んだ……」
「死んでなどおらぬぞ」
魂喰剣【ソウルイーター】に触れ魂を捧げた少女が気絶し、ラスクレアが封印されていた結界を破った数時間後に少女は目を覚ました。
「えっ!?ラスクレア様!どうして?確かにあの剣に触れたはずなのですが……」
「確かにお主の魂は頂いた。ほんの少しだけな」
「ほんの……少しですか。で、では!村は助けて頂けないのですか!?」
「お主の魂を少し頂いたおかげで、あの忌々しい結界を破れたからの。力を貸してやろう」
「私がどれ程の時間気を失っていたのかわかりませんが、すぐに村へ向かいましょう!」
「いや。我は行かぬ」
「え?」
先程ラスクレアは力を貸すと言ったはずなのに、少女の村へは行かないと言うその言葉に少女は困惑の表情を浮かべる。
「我は力を貸すとは言ったが、助けるとは言っておらぬ」
「あの、それはどういう事なのでしょうか?」
「お主が村を救ってみせよ。その為の力をもう既に持っている」
「私が村を救う……ですか?その為の力を持っているというのは」
少女はただの普通の村人に過ぎない。
神々のような聖なる力を持っている訳でもなく、魔族のような身体能力があるわけでもない。
そんなただの普通の村人に、魔物の群れを殲滅出来る力など持っていない。
そう。それは《ただの普通の村人》であったならの話。
「お主の魂と引き換えに、我の力をお主に分け与えた。お主の身体能力はただの人間と比較出来ぬ程に上がった」
「ラスクレア様の御力を……ですか?」
「ふむ。信用出来のであれば、これも使うとよい」
「え?えっ!?」
ラスクレアが少女に手を翳すと、黒き霧が少女を包み込む。黒き霧が晴れた場所には、漆黒の鎧を身に纏い、邪龍の爪を模したガントレットとグリーブ、邪龍の角が二本着いているヘッドギア、背中に一振りの大剣を背負った少女の姿があった。
「ふむ。我の力に加えて、その装備であれば過剰戦力と言えなくもないの」
「へっ?いや、えっ!?あ、あの……」
「一度魔物の脅威を我が取り去った所で、それで終わりとは限らぬだろ。次にそれを上回る存在が攻めて来た時、我が居なかったら滅びてしまうであろう」
「えっと。確かにその通りなのですが……」
「結界が解けたからの、もうここにはいる必要も無くなった。お主はその力で村を救っていけばよい。力の使い方は分からぬであろうが、体が教えてくれよう」
「はい。このような素晴らしき御力を頂き、誠にありがとうございます」
確かにラスクレアの言っていることは正しい。
一度だけの魔物の侵攻を阻止するだけならば、ラスクレアが直接魔物の群れを殲滅すれば終わるだけの話だが、魔物の侵攻が1回で終わるとは限らない。
封印の結界が解けた今、ラスクレアがこの場にいる必要も無くなったので、次魔物の脅威に襲われた時救ってくれる存在が消える。
だからこそ、ラスクレアは少女に力を分け与えた。次に魔物の脅威に襲われた時に、すぐに脅威を払えるようにと。
それを理解した少女は、頭を下げラスクレアに感謝の意を示した。
「さて、次の話を聞こう。お主、魔神王を討つ力を貸してくれとも言ったな?」
「はい。確かに言いました」
「それは、我が討ち果たした、幾星霜も前からおる魔神王ということか?」
「その通りでございます」
「その話を詳しく聞かせて貰おう」
「はい。では……」
《魔神王》その言葉がラスクレアの一番気になっていた言葉であった。
かつて、神々、人類と共に戦い死闘の果てにラスクレアが倒した魔神王。それが悠久の時を経て復活したのだという。
魔神王は、人類から出る絶望を糧にしていると言われている。絶望があるかぎり何度でも復活する。終わらぬ災厄【エンドレス】とも呼ばれている。
魔神王の復活。それはラスクレアが破壊の限りを尽くした《破滅の日》が一番の原因である。
だが、まだその力は弱い。弱いと言っても今のラスクレアでは勝てないような力を持っているが、死闘を繰り広げていた時と比較すると弱いと言うだけの話。
「なので、魔神王が本来の力を取り戻す前に、倒して頂きたいのです。また平穏な日々を送るために」
「なるほど。魔神王復活の一端は……我にあると言うことか」
魔神王復活の一端が自分にあることを知ったラスクレアは、悲痛な表情を浮かべる。
平穏な日々を求めて、死闘を繰り広げた挙げ句倒した魔神王。
そんな平穏を求めていたはずなのに、裏切りを受け、ラスクレアはその中には入れなかった。
その時の悲しみと怒りがその表情に浮かんでいる。
「魔神王が倒れれば、魔物達も必然消えるはずです。そうすれば、魔物に襲われて悲しい思いをする人のいない平穏な日々を送れるのです」
「平穏な日々……か」
また同じように魔神王を倒し、魔物のいない平穏な日々を送る。それは理想の未来。
だが、その未来にラスクレアが入れるのかは分からない。
同じように力を危惧した神々と人類によって裏切られるのではないかという不安が、ラスクレアの心を強く支配した。
「魔神王の事は考えておこう。お主は早く村へと戻るがよい」
「はい!ラスクレア様。ありがとうございました!」
少女はもう一度ラスクレアに頭を下げた後に、踵を返し来た道を戻って行く。
「待て。お主、名は何という」
「私の名前はセフィラと言います」
「セフィラか、良い名だな。引き止めて悪いの、行くがよい」
「はい!それでは!」
セフィラと名乗る少女。齢は12才程で腰まで伸びる白銀の髪。宝石を思わせる碧眼をもつ少女。
セフィラは、可愛らしい笑顔をラスクレアに向けた後踵を返し洞窟を後にした。