94、夏休み
何が起こったのか、思い出せない。
『だから、付き合おう?』
いや、思い出せないんじゃなくて思い出したくないんだ。
私はちゃんと───付き合えないって断るつもりだったのに。
頼の甘い声に誘われるように、気づけば頷いていて・・・・ 。
(うわぁぁぁあ!!!)
恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃして。
なのに、死ぬほど幸せなのは─────なんでだろう。
「おーい、律花ちゃーん」
真横から里桜に顔を覗き込まれて、ひぇ?っと変な声が出た。
「大丈夫ー?さっきからボーッとして、・・・疲れちゃった?」
気づけばいつの間にか里桜のおばあちゃんの別荘がある最寄りのバス停に着いたのに、私はついまたあの時のことを思い出してひとりで赤面していた。
「あ、お迎えの車が来たよ」
里桜がこちらに近付いてくる白のワンボックスカーを見て笑顔を見せる。同時に水色の膝丈のオフショルダーワンピースがヒラリと舞う。
(────ま、周りの男性たちの視線を感じるんだけど里桜さん。)
里桜はどこに行っても目立ってしまう。長いウェーブがかった髪と、美しくも愛らしい顔。それにこんな可愛らしいワンピースが似合いすぎているのだから。
────Tシャツに短パンという、かなり動きやすさ重視で来てしまった私は場違いだったのかもしれないと今更不安になってきた。
「里桜ちゃん」
やっぱりというか、気品のある綺麗なおばあちゃんが車の助手席から降りてきた。
「は、初めまして青島律花です。」
私は慌てて頭を下げる。
「あら、あなたが!どうも、里桜の祖母の宮之内です。こんな遠いところまでよく来てくれたねぇ。お会いできて嬉しいわ」
里桜に似て、ほんわかしている──そんな印象を受けていくらか緊張が解れた。
「私も、嬉しいです。一週間お世話になります」
私が笑顔で挨拶する隣で里桜は、おばあちゃんの後ろからやってきた男性に視線を向けていた。
「おばあちゃん、この方は?」
「ああ、夏休みの間だけお手伝いをお願いしてるんだよ。金澤知哉くん、大学生・・・だったかしら?」
「あ、正確には院生です。よろしくね、律花ちゃん、里桜ちゃん」
「あ、はい・・・」
「よろしくです」
人懐こい笑顔を向けられて圧倒されながら答える私に反して、里桜はいつも通りにこやかに挨拶した。さすが里桜、動じてない。
感心しているうちに金澤さんは私たちの旅行鞄を両手にひょいと持ち上げて車まで運んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「はは、気にしないで」
黒髪にツーブロックの刈り上げの髪型で、毛先は絶対ワックスとかちゃんとつけてそうな・・・なんというか一見チャラい感じだったのに、笑顔がすごく爽やかな人で(モテるんだろうな)と思いながら私は少し後ろを歩いていた。
「律花ちゃんって、もしかしてお兄さんいる?」
ふいに振り返られたと思ったらそう訊ねられて、面喰らってしてしまう。
「え?あ、はい・・・」
「あ、やっぱり!?悠の妹ちゃんだ!同じ出身地だからもしかしてと思ったんだ、雰囲気も似てるし」
「え、なっ、兄の知り合いで・・・・?」
信じられない。こんなところでお兄ちゃんの知り合いに出会うなんて。
「同じ大学、院でも同じ研究室。」
「すごい偶然ですね!」
興奮ぎみにそう答えたのは、隣にいた里桜。頬がピンクに染められて、いつもより華やかというか、輝いて見える。
ただ唖然としてる私と違って、驚きのリアクションまで可愛らしいなんて、里桜はすごいな。




