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私は一人教室で頼を待っていた。
(さっき、目も合わせてくれなかった・・・・。)
頼の言葉が、思い出したくもないのに勝手に頭の中でリピートしてる。
『あと少しで終わるから、教室で待ってて』
『え?なんで・・・・』
『いいから、教室にいて。』
なんで、教室?
見に行ったのがそんなに迷惑だった?
「・・・・・」
「・・・・・」
その帰り道、長い沈黙が続いた。
酸素が薄い気がするのは気のせいだろうか。
ちらりと隣の頼を見上げると明らかに彼は不機嫌で、それなのに来週の土曜日の話題を出していいものかどうかと私は悩んでいた。
(でも、先延ばしにしてたらもっとややこしくなる気がする)
ここは勇気を出して、言おう。
「──笹野と別荘行く日と試合の日かぶってる?」
そう意気込んだところで頼から思いがけず先に言われてしまい、驚いて立ち止まる。
(なぜ言おうとしていたことが分かったんだろう?)
頭の中でそう考えながらも、私は頼に謝ろうと口を開いた。
「ごめん。実はそのことなんだけど、」
「分かってるよ、言わなくても」
「頼、」
やっぱり目を合わせてくれない。傷付いたみたいにそっぽを向いたまま。
この空気をなんとか変えようと、私はわざと少しおどけて頼の前に回り込んで笑って言った。
「もしかして、拗ねてんの?」
「拗ねてない。妬いてんの。」
「や、」
“妬いてる”────って、どう違うんだそれは。
「それで、バイトもすんの?」
「え。」
バイトの話は、まだ頼にしてないはずだ。
するかどうかも、まだ決めていないし。
───なのに。
どうして知ってるの?と口を開こうとした私に、頼がようやくこちらを向いて言った。
「笹野が言ってた」
(ああ。里桜のお喋り・・・・)
「べ、別にまだやると決まったわけじゃないから。」
「ふうん?」
(な、なんでだろう・・・・さっきから責められてる気がするのは。)
少しでも和やかな空気に変えたくて、私は話を変えることにした。
「頼は夏休みずっと部活あるの?」
「ある。ほぼ毎日。」
「バスケ、楽しい?」
「楽しいよ、律花もやれば?」
「いや、いい。私、チームプレーとか苦手だし。足引っ張るだけだから」
中学時代の失態を思い出しかけて口を閉じる私の隣で、頼がぼそりと言った。
「もっと律花と過ごしたいのに」
「え?」
弾かれるように頼を見ると、寂しげな瞳で頼が私を見下ろしていた。
「・・・・あ、声に出てた」
真顔でさらっとそんなことを言われて、私の顔に一気に火がつく。
「な、何言ってんの!?」
「何って、心の嘆き?」
すごく自然な手つきで私の髪に触れ、真剣な眼差しを向けてくる頼に・・・・・目が、離せなくなる。
「・・・・・」
やめて。
そんな目で私を見ないで。
心臓が────オーバーヒートして壊れそう。
涙目になる私に、頼が追い討ちをかけた。
「ねぇ律花────本当に付き合おう、俺達?」