89@頼視点
辺りを見渡して、周りに人が居ないところを見計らって俺は声をかけた。
「おい、」
「ん?」
振り返った笹野が、俺を見て笑顔を咲かせた。まぁ反射的なものだろうが、そんなの俺は要らないんだけど。
「あ、なんだ赤下じゃん。どうかしたの?」
「“どうかした”、じゃねぇよ」
このとぼけた反応が俺をより、苛立たせる。この女のことだから、わざとかもしれないが。
「勝手に律花の予定埋めるなよ」
「いいじゃない赤下は部活なんだし。それに律花がバイト始めたら会える日本当に減っちゃうし。私だって律花と夏休み会いたいんだから」
「・・・・・」
ちょっと待て。
今、なんか─────言ったか?“バイト”?
「夏祭りくらい譲ってあげるから文句言わないでよね」
「“バイト”ってなんだよ?律花バイトすんの?」
そう訊ねながら、そういえば以前に律花がバイトしたいとか言っていたのを思い出した。
夏休みに始めるってことか?
ていうか、バイトって。
知らない男とかもいるよな、バイトって。
そこに俺は居ないのに、知らない奴と律花が同じ空間に・・・?
(うっわ、想像しただけで胸糞悪い。勘弁してくれ)
「やめさせないと・・・・・」
思わず口から気持ちが溢れた。
「え、なんで?」
「バイトなんてやらなくていいんだよ、律花は」
「なんで赤下がそんなこと決めれるの?」
俺の言葉に、笹野が真顔でそう返してきた。
“なんで”って・・・・嫌だからだよ、と言えなかったのは自分でも気付いていたからだ─────これは、ただの嫉妬だと。
「律花が決めたことを否定するの?彼氏のくせに?」
だけど笹野は、容赦なくそこを突いてくる。本当に、泣きそうになるくらい容赦なく。
「応援するとか出来ないわけ?それ、律花ちゃん悲しむだけじゃない?」
「・・・・・」
もう、何も言い返せなかった。俺はただ、黙りこんでひたすら頭で考えていた。
(悲しむ・・・のか?)
俺が反対したら、律花はどんな反応するんだろう。
律花のことは、俺が一番分かってるはずなのに。
(────なのに、分からないことばかりだ。)
「あ、ちょっと苛めすぎたかなぁ?──ね、赤下?」
好きだと言ってくれたのに、“付き合えない”だとか。
試合を観に来るのも、嫌そうだったりとか。
照れているのかと思えば、俺に言わずにバイトしようとしたり─────まるで距離を取られているようにも感じてしまう。
「ちょっと、赤下大丈夫?おーい」
(律花ちゃんは、優しいから──────・・・)
どうしても、弱気な発想ばかりが付きまとって離れなくなる。