9 @頼視点
「んで?帰りもまた逃げられて一人で帰ってきた、って?」
「・・・そう」
その日の夜、勝手に押し掛けてきた友達を部屋へあげた。相手は幼稚園からの腐れ縁、加藤羽虎。俺の家には今、単身赴任で親がいない。―――単身赴任のはずなのに、両親がいない。その理由は、母親が父のところに頻繁に行っているから。
・・・仲が良すぎなのも、困ったものだ。
そんな訳で、羽虎は毎晩のように暇潰しに、こうして用もなくやってくる。
「相変わらずだな、お前のヘタレぶりは」
今日の出来事をかいつまんで話すと羽虎がそう言って笑った。
「身長ばっかじゃねーか、成長してんの。」
「うるさいよ」
言い返す言葉が他に思い付かず、顔を背けてそう呟く。そんな俺に、羽虎がまた笑った。
「で、里桜に変な虫ついてねーよな?」
急に真面目な表情になったと思ったら笹野の話題になる。
(結局お前は、それを聞きに来たのな・・・)
まぁ、そうだよな。
俺の話なんて、いつも興味なさそうだしな。
そう思いながら、素っ気なく答える。
「ああ。―――今のところは。」
「おい、なんだそれ。お前ちゃんとそこ阻止しろよ?」
やる気出せよ!心配になるだろうが!と、なぜか胸ぐらを掴まれる。本当にこいつは、なんて自分勝手なやつなんだ。
「知らないよ。同じ高校入れなかったくせに、偉そうに言うなよ馬鹿。」
「うっせーな、勉強嫌いなんだよ仕方ねーだろ」
悪びれもなく開き直る様が、なんとも清々しい。いっそ、感心する。
「んで?どーすんの、これから」
突然俺の話に戻されて、現実に戻る。
「どうするって…」
『どうしてこんな、嫌がらせばっかりするの?』
律花ちゃんが、つらそうな表情で、そう言ったのが脳裏をよぎる。
(やばい、思い出すと泣きそう…)
涙腺がゆるみかけて、俺は誤魔化すように顔を伏せた。
『・・・待っててなんて、頼んでないし。もう待ち伏せとかしないで。…迷惑。』
―――――今朝の言葉も。
『赤下くん。離して。』
―――――放課後の言葉も。
(全部、律花ちゃんの…本当の気持ち、だ。)
彼女に言われた言葉が、回想される度に胸にドスドスと突き刺さる。
『ほら、そうやって。いつも、俺を拒絶する。』
―――あんなこと、言うつもりなかったのに。
『だってそれは…』
あの言葉の続きを考えただけで、心臓が掴まれたみたいに息が苦しい。あの言葉の続きを言わなかったのは、律花ちゃんの優しさだと思う。
「ああ、俺なんであんなこと言っちゃったんだろう…」
堪らなくなってベッドに突っ伏すと、ついそう嘆いてしまった。
そんな俺に、またそれか、と羽虎が呆れた顔になる。
「何度後悔したって仕方ねーだろ、過去は変えれねーんだから」
「・・・・」
小学校の時の自分が情けなくて…ずっと許せなかった。
弱くて周りの目ばかり気にして…挙げ句大切な存在を傷付けて、失なった。
――――だから、変わろうと思ったのに。
(結局俺は今日、あの時と同じように律花ちゃんを…――――。)
あの日、律花ちゃんは俺を責めなかった。
あの場でなくても、二人でいる時にでも責めてくれたら…俺は弁解もできたのに。
そんな機会は二度となかった。
―――律花ちゃんは、黙って俺から離れていった。
ぶつけてこない分、自分の中に溜め込む彼女。
『男子にはめちゃめちゃ無愛想だったぞ』
同じ中学だったクラスの木下に聞いた話で確信した。律花ちゃんは、多分あの日のことをずっと引きずってる。だから男子には心を開かずにいたんだと。
――――特別な男子、以外には。
本当に、田端くんが好きなのか…付き合っているのかもしれない。手遅れだったのかもしれない。
「何のために同じ高校行くことにしたんだよ、お前は」
弱気になっていた俺に羽虎が言った。ゆっくり顔を上げると羽虎が、笑って言った。
「やり遂げろよ、ヘタレなりにさ。」