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「はい、終了です。後ろから答案用紙集めてー」
先生の声で、あちこちで鉛筆を置く音が教室に響く。
そして今、一学期の期末試験が終わった。
ざわざわと教室がざわつくのは、あとは夏休みを待つばかりだからだろうか。
そう。もうすぐ夏休みなのだ。
「はぁ・・・・・」
思わず溜め息が漏れる。
思い出してしまうのは、私のあの時の台詞。
『ただし!ノートの貸し分なんだから、テスト終わるまでだから!』
(────なんで私、あの時あんなこと言っちゃったんだ・・・・。)
「律花」
後ろからチョンチョンとつつかれて振り向くと、悩みの種である本人が呑気に笑顔を見せてくる。
───テスト期間は出席番号順に座り直すので、頼はまた私の後ろの席に座っていたのだ。
「ヤマばっちり当たってたろ?なんでそんな暗いんだよ」
「・・・・・・別に」
「あぁ、分かった。出来なかったのか、ドンマイ」
「出来なかったとか、決めつけないでよね」
そうじゃない。
テストの出来とか、そうじゃないってなんで分かんないんだ。
私が今、考えてること。不安に感じてること。
(本当に気付いてない?)
テストがすべてが終わってしまった今、“彼女”である口実が無効になって。
(こらから私、どうなるんだろう。)
『“彼女のふり”とか、周りの目が半端ないしさ。頼は気付かないかもしんないけど女子の視線て結構痛いんだからね!?』
───笑い話のつもりで言っただけだった私の言葉に、頼がすごくショックを受けていたのを思い出してしまう。
『なんかごめん・・・・』
何か考え込むように、深刻そうに謝る頼。
頼、違うからね?
頼の彼女の“ふり”が嫌だった訳じゃないから。
頼の彼女が嫌な訳じゃないからね?
視線の痛さなんて、頼と話せなくなったあの頃のことを思えば全然大丈夫だから。
(───なんて・・・・言えなかった)
口に出せないのは、私の甘えと弱さだ。
顔を合わせる度、想いばかりが強くなっていくのに。
ちょっとした仕草も逃さないくらい、見つめてるのに。
私の気持ちをもっと知って欲しいのに。
・・・知られたくない。
頼が大切で、大好きで────だから付き合いたくなかったのに。
いまはこんなにも不安なんだ────明日は?・・・明後日は?
頼の隣にいる口実を見付けられない。
それでも変わらず、隣に居てもいい?
そんなわがままな私の気持ち、察して欲しいなんて図々しいのは分かってる。
────卑怯だって、分かってる。
「頼、帰ろ」
当然のように一緒に帰ろうと声をかけると、頼が残念そうに笑った。
「あぁ悪い。今日から部活始まるから律花待っててくれね?」
「あ、部活・・・・ふーん」
(うわぁ・・・バカじゃん私。)
頼が部活してるのを忘れていた。
先週はテスト前期間だったから一緒に帰っていただけなのに。
それが当たり前になっていて────習慣って怖いな。
「なんだよ、そんな寂しがるなよ」
「さ、寂しくなんか───」
慌てて口を尖らせる私に、頼は嬉しそうにくしゃっとした顔で微笑んだ。
「じゃ、行ってくる」
それだけ言うと、私の頭をぽんと一撫でして横をすり抜け行ってしまう。
(んな・・・・っ!?)
その瞬間、ぼっと火がついたように顔が赤くなって動悸が激しくなる。危うく暴れ出した心臓が口から出てきそうになった。
振り向いた頼が、そんな私を見て満足そうに笑った。
(もお・・・なんなのよっ!?)
だから照れ隠しに、つい睨んでしまった。
あぁ────またやってしまった。
素直になるには、どうしたら良いんだろう。
今後の課題だ・・・・。




