84、@頼視点
「頼・・・ちょっと待って、──んっ」
自分の部屋に律花ちゃんを入れると、二人きりの声が、吐息が、響くように聴こえた。
「待てない。だってずっとこうしたかったから」
あの律花ちゃんが、“俺の彼女”として目の前にいるんだ。
待てなんて、そんなの聞けるわけないよ。
抱き締めて、キスして。
ここに───俺の傍に居るんだって感じたかったんだ。
「ちょっと、頼!」
律花の声が近くで聞こえて俺は我に返った。
「“お茶用意してくる”って一階行ったきり戻ってこないんだもん。遅いっての」
「ああ、ごめん。今持っていこうとしてた」
俺は慌ててお茶のグラスを乗せたトレイを持つ。
(キッチンでうっかり妄想してたなんて、絶対バレたくない。)
ぎこちない表情で律花を見ると、彼女はなぜだか可笑しそうに微笑んでいた。
「なに笑ってんの?」
「や、お茶ぐらい私も用意できたのになと思ってさ。」
「───あぁ、」
そうだ。
確かに、律花はうちのキッチンに入るのは初めてじゃない。
母が居ないときは世話してくれたりするし。
「だけど、今日はいいんだよ」
「ふぅん?」
茶化すようにそう返事しながら、律花が俺の後ろをついて階段を上がってくる。
さっき────家に入るまではガチガチに緊張してたくせに。
なぜかいま、律花は普段通りだ。
「さっき思ったけどさ、頼の部屋に入るのすごく久しぶりだよね」
部屋に出した小さなサイドテーブルを囲って向かい合わせに座り、そんなことを言い出した。
「あぁ、そうだっけ?」
「うん。なんか、落ち着く」
そう言って律花がふわりと笑うから、不意討ちを喰らった。
「正直、学校ではバレないようにとか───まぁ・・・色々気疲れしてたけど。なんか、この空間は安らぐっていうか。懐かしいっていうか。」
───ちょっと待て。
「───なんで気疲れしてんの?」
「な、なんでって・・・・“彼女のふり”とか、周りの目が半端ないしさ。頼は気付かないかもしんないけど女子の視線て結構痛いんだからね!?」
冗談めいた口調で、律花が口を尖らせた。
───そうなのか。
俺はまた気付かないところで律花ちゃんに護られてたんだな。
「なんかごめん・・・・」
「────や、別に謝って欲しかった訳じゃないし」
「・・・・・」
「・・・・・」
───突然訪れた沈黙。すると律花がわざとらしく大きな声で言った。
「さ、数学やろう!範囲どこからだっけ?」
(意識してる律花、かわいい。)
真正面の彼女の反応に、思わず頬が緩む。
「頼もボケッとしてないで、ほら問題集出して!」
「はいはい」
本当は、キスして押し倒したいけど。
そんなことしたら、全て壊れるから。
今はいいんだ、このままで。
そう自分の理性に言い聞かせながら、俺は願う。
(───テストが終わらなければいいのに。)