80@頼視点
朝、律花を迎えに行ったらゴミ出しをしに出てきた弥生さんと出くわした。
弥生さんが俺を見て、驚いたように目を見開く。
「あら、頼くんおはよう。律花ならもう行ったわよ?」
「・・・そう、ですか」
なんとなくそうだろうなとは思っていたけど、実際そうなったら凹んだ。
(やっぱりまた、避けられてる。)
律花ちゃんはもう、話し掛けてくれないだろう────。
そう思ったら、弥生さんがいるのに泣きそうになってしまった。
気の毒そうに笑って、弥生さんが優しく声をかけてくれる。
「もしかして、また喧嘩でもした?」
「いや、喧嘩にも…ならないです」
「…そっか。ごめんね、律花は素直じゃないから頼くんいつも大変でしょぉ?」
「そんなことないです。今回のも、俺が悪くて───」
俺は途中で言葉を濁した。
律花ちゃんを傷付けて、自分の心を守ろうとしたあの時の弱くて情けない自分も。
そんな過去を忘れたくて、西野と付き合い始めた自分も。
(記憶から葬りたいぐらい、情けない・・・)
そう。律花ちゃんは、なにも悪くない。
だから、これは当然の報いなんだ…。
そう思ったら、悲しくて悔しくて、…息苦しくて。
言葉に出すことすら、出来なくなった。
─────それなのに。
自分の席に着くと、息を切らせた律花が俺の目の前に現れた。
「律花・・・」
「おはよう、昨日は先に帰ってごめん」
「・・・・え」
頭が、ついていかなかった。
何これ、夢?
律花が、普通に話し掛けてくれるなんて。
というか、謝られるなんて…。
「ちょっと話そ?」
混乱したままの俺の袖をキュッと掴むと、律花ちゃんは前を向いたままさっさと前を歩く。後ろから見た律花ちゃんの耳が、なんだか赤く思えた。
いや、夢だろ。
都合の良い夢に違いない。あれか、白昼夢とかいうやつか。
───まだ朝なのに、おかしいな。
現実逃避するようにそんなことを考えてみたが、俺の袖を引く律花ちゃんの指が現実なのだと伝えてくる。
「・・・あのさ。私、」
人気のないところまで引っ張ってくると、律花ちゃんは手を離して向き直った。
「うん…何?」
そう動かす唇は渇いていた。内心ハラハラしていたのだ。
律花の表情を読もうにも、うつ向いたままで見えないし。
緊張感だけが募る。
「私、あんたのこと────」
「?」
「す、好きだから・・・っ!」
「!?」
え。
ちょっと待て。
───今、なんて?
え、好きって?誰を?
「だからあんなふうに・・・頼と付き合ってたとか他人から言われてショック、だったんだ」
「ちょっと待て」
軽くパニックになっていた。
当然だろう、昨日の今日なのだから。
理解できるはずがない。
はっきり言って今、嬉しさより動揺のほうが勝っている。
「律花、・・・熱でもある?」
「ちょっ、・・・ない!ないから触らないでっ!」
律花の額に触れようと伸ばしかけた手を、また弾かれて俺はショックを受ける。
(ほら、“好きだ”なんて・・・嘘じゃないか。)
「触られると、し、心臓が破裂する・・・」
目をそらしてそう付け加えた律花は耳まで真っ赤で、目は潤んでいた。
余裕がなくて、意識しまくりで。
それはまるで──────。
(え───マジ、で?)
「頼が触るの、私、本当無理だからっ。」
昨日、振り払われたのも……?
嫌いじゃなくて?
「────律花、それって」
「だからあんたとは付き合えない。」
ようやく期待して口を開きかけた俺の言葉に被せるように、律花が言った。
(付き合えない、のかよ・・・)
落胆して思わずそう口にしそうになった俺に、律花が言った。
「だけど、頼のことはなんでも知りたいと思ってるし一番に理解したいと思ってる。だから、何でも話して。もう、隠し事はしないで。分かった?」
「いや、それって──・・・」
付き合ってるってことで、良くないか?
「頼が言ったじゃん。隣にいてくれるって」
「…うん、まぁそうなんだけどさ。でもそれって」
「じゃあ、改めて」
(さっきから、俺の言葉全部被せるように喋ってないか?)
「──よろしくね、頼」
(まぁ、いっか)
満面の笑みを向けてくるから、つられて笑ってしまった。
昔からそうだ。
律花ちゃんはいつも自分のペースで、俺はそれについていくばかり。
結局変わってないんだ、今も。
(君が隣に居てくれるならそれで───)