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『…律花を忘れたくて、付き合うことにした。』
頼がそう言ったのは、私のこと好きだからなのに。
頭では分かってるのに、胸の中はモヤモヤが止まらなくて。
私はその日、一睡もできなかった――――…。
頼に会いたくなくて朝早く出た私は寝不足で教室に着くなり自分の席に突っ伏していた。
「律花!」
元気な声がして、ゆっくり顔を上げると里桜が興奮気味に私の席へとやってきた。
「…おはよ」
「おはよう、じゃないよ!昨日lineも電話もしたのに。…どうしたの?」
興奮状態だった里桜が、私の顔を見るなり静かになる。
「律花顔色悪いよ、保健室行こ?」
「え、大丈夫…」
「どこが!ほら、行くよ!!」
半ば強引に私の腕を引く里桜。
私はされるがまま、里桜についていく。
と、歩きながら里桜が表情を曇らせて言った。
「ねぇ律花…。上手く、いかなかったの?」
「ていうか…頼、彼女いたし」
不機嫌な口調で私は即答した。
この気持ちを、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「え?まさか!」
立ち止まって、里桜が言った。私は絶句している里桜に言う。
「西野さん、知ってる?小学校一緒だったでしょ?」
「え。――――それは、中学のときでしょ?」
今度は里桜が即答した。ガンと頭に岩でもぶつけられたような衝撃で、顔が強張る。
「里桜…知ってたんだ…」
「――――あ…うん、まぁ。虎ちゃんから聞いて」
苦笑いで、里桜が言う。
ショックだった。
(頼のこと、私が一番知ってると思っていたのに…。)
「私だけが…知らなかったわけ?」
「言えないよ、律花が悲しむって分かってるのに」
そうだけど。
だけど私が知らないことを、周りが知ってるのはたまらない…。
グッとその言葉を呑み込む私に、里桜が言った。
「それに赤下だって、気の迷いだったわけで」
「そんなの…最低じゃん、」
どうして私だけ思っててくれなかったの?
他の子と付き合えるなんて、酷い。
そんないい加減な気持ちだったってこと?
「律花」
里桜が珍しく険しい表情をして私を見つめていた。
「それなら律花も最低だよ」
「え、なんで…」
「律花も似たようなことしたよね、田端くんに」
(あ…――――)
里桜の言葉に、心が冷たくなっていった。
ズキズキ良心が痛む。
「でも、私は…好きになれると思ったから」
田端くんとなら、穏やかに過ごせると思った。
田端くんには、心臓が壊れそうなほど痛くなったり熱くなったりすることはなかったから。
(だけど、)
「“だけど、無理だった。”―――でしょ?」
里桜の言う通りで、私はコクンと頷くしかできなかった。すると、優しく諭すように里桜が微笑んだ。
「赤下も、そうだったんじゃないかな?」
(ああ…本当にダメだな私は――――。)
私はいつも、自分のことばかりで。
大事なことを、見落としていた。
「それに今は違うじゃん。ちゃんと、律花に気持ち伝えてるじゃん」
「・・・・・」
「ここで逃げたら…また後悔しちゃうよ?」
里桜の言葉に、私は踵を返して教室へ向かう。
「律花ちゃん?」
驚いたような里桜の声に、キュッと上靴を鳴らし振り返って、笑ってみせた。
「里桜…、ありがと」
ここで逃げたら…――――また後悔してしまうから。
「私、頼ともう一回話してくる」