78@頼視点
目に涙を溜めて、律花が言った。
「…私、あの時のことはもう気にしてないから」
「は?急にどした…?」
話の意図が読めない。
放課後話があると言っていたが、律花の話したかったのは、過去の話なのか?
「だから…―――もう、私に構わなくていいから」
「律花?なんでまたそんなこと…」
「嫌なんだって…っ!」
俺の言葉をシャットアウトして、それはまるで悲鳴を上げるみたいだった。律花が辛そうにそう声を荒げた。
「同情されるの、すっごく不愉快だって分かんない?」
「“同情”…?何言ってんだよ…」
俺は、律花に同情なんてしてない。
そう言いたかったのに、律花にそれは届かない。
「もう頼に振り回されるのはたくさんっ」
(律花…)
――――そこまで言われたのに、俺は意外とショックを受けずにいた。
律花の涙が、まるで俺を好きだと云っているみたいに感じて。そんな必死に感情をぶつけてきてくれるのは、嫉妬からじゃないのかとさえ思ってしまう。
(どこまで馬鹿なんだ俺は…―――)
都合の良いように解釈して。
どこまでも、諦めきれなくて。
こんなときにまで、律花を可愛いと思ってしまうなんて。
(この気持ちが、“同情”じゃないって証明したいのに)
『そんなの、ただの同情だよ』
―――つい、思い出してしまった。
“同情”というワードが…――――あの女が以前言った台詞と、被ったせいだ。
『それが“同情”じゃないって分かったら私、ちゃんと諦めるからーーー』
(もしかしてあのウソつき女が…?)
律花の言葉から導き出せる答は、西野の存在だった。
「・・・西野に、会った?」
そう問い掛けると、律花は涙を流したまま驚いたように俺を見た。
(やっぱり…)
「会ったんだな…」
あの女が、律花に何を言ったのか分からないが、どうせ自分に都合のよい嘘を並べたに違いない。
(最悪だ…)
思わず溜め息を吐くと、律花が悲しそうに顔を歪めた。
「…私、先に帰る」
教室から逃げるように出ていこうとした律花の腕を俺は咄嗟にハシッと掴まえてた。このまま、また離れていってしまうなんて、絶対に嫌だった。
「俺の気持ちが、“同情”?」
「・・・・・」
律花は唇を噛み締めたまま、なにも答えなかった。
「分かってるんだろ?」
律花には伝わっているはずなんだ、俺がどう思ってるか。
「だけど西野さんが…」
(やっぱりアイツ、余計なことを…)
律花の涙をそっと指で拭うと、律花は顔を隠すようにうつ向いた。
「俺さ…小学校卒業するときに西野に告白されたんだ」
「知ってる…」
「でもすぐ断った。――律花が好きだったから」
「でも…っ、」
律花が反論しようとした。その言葉の続きは聞かなくても分かってた。“でも、付き合ってたんでしょ?”――――そう言いたかったんだと思う。
それには触れずに、俺は話を進めた。
「その時西野に言われたんだ、律花には他に好きなやつがいるって。他のクラスに」
「な、何それ!?いないよそんなの…っ。いたことない」
「確か、“五組の田中”…?」
「誰それ…っ!?」
過剰にそう反応した律花に、ほっと安堵した。
(やっぱりそうだった。あれは、デタラメだったんだ。だけど…)
「…けど、あの時の俺は律花に直接聞けなかった」
「なんで?言ってくれれば良かったのに」
「――――怖かったんだ…」
そんなデタラメを、笑い飛ばすことも出来ず真に受けたのは…ただ、怖かったから。
律花との時間が大切で。
この関係が壊れてしまうんじゃないかと。
―――そうなったりしたら俺は、傷付くどころじゃないから。
「だからあの時も…あんな酷いこと・・・。律花の口から否定されたくなくて」
クラスの奴らにからかわれた時。
律花を庇うどころか、律花の本音を聞くのが怖くて。俺は先に口を開いたんだ。
嘘を、ついたんだ。
“親同士が仲が良いから一緒にいるだけだ”と。
だから“別に律花のことは好きでもなんでもない”と。
「俺、自分に自信なかったから。あの頃背も律花より低かったし、いつも律花が守ってくれてただろ?男だって思われてないことぐらい、分かってたから」
「頼…」
「でも律花が離れていって…律花が隣にいなくなって…失なってから気付いたんだ――――自分が最低なことしてしまったって」
あとで話をすれば、済むと思った。
あとで謝れば、許してくれるかと思ってた。
だけど、律花は…―――黙って俺と距離を置くようになった。
自分の弱さが原因で、大切な君を傷付けた。
「律花とは二度と元に戻れない。このまま会えずに…許されずにずっと過ごすんだと思ったら…――――正直もう、どうでもよくなった。…自棄になってたんだ」
そのまま中学は別々になって、律花のいない生活が始まった。
俺にとっては、色も、光も感じられなかった。
律花を傷付けたことばかり考えて、後悔していた。
「そんなとき、中学でまた西野に告白されたんだ…」
「・・・そ、れで」
「…律花を忘れたくて、付き合うことにした。」
「な、にそれ…最低…」
律花の冷たく低い声に、心臓が凍りかけた。
“最低”――――その通りだ。
俺はずっと“最低”なことをしていた。
律花の代わりに、西野を利用した。
西野と付き合って、気を紛らわせようとした。
――――だけど、それは間違っていた。
律花が、俺に背を向けて教室から出ていこうとした。
「待って律花、聞…」
「もう、聞きたくない!」
「律花…っ」
呼び止める声を無視して、律花は先に教室を出ていった。
(完全に、嫌われた…)
そう。
こうなると思ってた。
だから知られたくなかったんだ。
(律花…ごめん。)
間違ってたって、気付いたんだよ。
――――また君を、見つけてから。