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「律花?」
田端くんと別れてすぐの廊下で。
私に気が付いた頼が、こちらに向かって歩いてくる。
(――――どうしよう…)
頭の中が、まだ整理できてない。
西野さんの言葉で、私の心はひどく揺らいでいて。
何が本当で、何が嘘なのか。
混乱していてそれすらもー――判別できない。
なのに。
(顔…見られない…)
うつ向いて教室に向かう私を、頼が追いかけてきて隣に並ぶ。
「ごめん、遅くなって。」
「・・・・」
言葉を発したら、とんでもないことを口走ってしまいそうで。
私は黙って首を左右に振ることしか出来なかった。
「――――律花?なんだよ、怒ってる?」
頼が笑って顔を覗き込んできて、ほんの一瞬目があってしまった。
(やば…)
「どうかした?なんか…―――」
案の定、目元を指差した頼が、心配そうに眉を寄せる。
「―――…別に?」
私は笑って見せた。
私の複雑な胸中が、頼にバレたくなくて必死だった。
嫉妬。困惑。勘違い。思い上がり。虚しさ。
何がどれだけ渦巻いているのか、自分でもよく分かっていなくて。
だから、何でもないふりをして、この場を乗りきろうとした。
―――だけど、頼はそれを許してくれなかった。
「……クラスの女子に、なんか言われた?」
さっきより、深刻そうに眉を潜めて頼が私を見つめる。
「え?…ああ。大丈夫、気にしてないから」
そう答えれたのは、半分本当だったから。
クラスの女子に言われたことも、忘れていたぐらいだった。だから頼にそう聞かれて、笑ってしまったんだ。その質問がすごく的外れに感じて。
「“大丈夫”って何、」
頼が私の肩をぐいっと引くと、真剣な目をして言った。
「律花、本当のこと言えよ」
(本当のこと?)
自分が今怒っているのか、笑っているのか。
それさえ分からない。
――――頼が、可笑しなこと言うから。
(本当のこと言ってないのは、頼でしょ…!?)
私のこと、好きとか言って。
――――“彼女”とか、居たくせに。
(…嘘つき。頼の、嘘つき!)
心の中でそう叫んでた。
だけど口にはしなかったのは、―――そう言ってしまったら、私の負けな気がしたから。
頼への想いが一方通行だと認めなくちゃいけない気がして。また、あの時みたいな苦い想いをしなくちゃいけない気がして。
だから必死に感情を殺した。
「…私、あの時のことはもう気にしてないから」
「は?急にどした…?」
きょとんとする頼に、私は続ける。
「だから…―――もう、私に構わなくていいから」
「律花?なんでまたそんなこと…」
「嫌なんだって…っ!」
畳み掛けて言わないと。
勢いがないと。
こんなこと、言えない。
「同情されるの、すっごく不愉快だって分かんない?」
「“同情”…?何言ってんだよ…」
静かな教室に、私の声がいやと言うほど響く。
こんなこと、言いたかったんじゃないのに。
本当は、気持ちを伝えようと思ってたのに。
(今だって、こんなに好きで…―――)
涙が込み上げてくるのを、絶対見られたくなくて。
教室から逃げ出そうとした私の腕を頼がつかんだ。
「律花待っー―――」
「もう頼に振り回されるのはたくさんっ」
振り払うのと同時にそう叫んでた。
涙が頬を伝って落ちる。
(最悪、だ…)
「これ以上、苦しめないでよ…」
そう小さくこぼした声が、静かに床に落ちた。