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『あれ?頼から聞いてない?』
彼女の勝ち誇ったような表情が、頭から離れない。
『私、頼と付き合ってたの、中学の時。 』
――彼女の言葉が、頭から離れない。
西野さんが立ち去ったあとも、私は一人その場に座っていた。
『同情してるだけなの頼は、貴女に』
(嘘、でしょ―――…そんなの…)
『だから、律花ちゃんからも頼に言ってくれない?“私はもう、気にしてないから”って。』
(信じられない…)
――――だけど、それが本当だったら…?
嘘だと思いたい。
私に言ってくれた、頼の言葉を信じたい。
(だけど……頼は、優しいから―――…)
私のことをずっと好きだったというのは、ただの“勘違い”で、あの時のことを“気にしてた”だけだったら――――。
そう考えたら怖くなって、頼と向き合おうとしていた気持ちはみるみる萎んで、消えていた。
(――――告える、わけない…)
スカートの裾を無意識にぎゅっと掴んで、項垂れていたその時だった。
「・・・青島さん?」
そんな声がして顔を上げると、田端くんが心配そうに私を見下ろしていた。
「顔色悪いけど、どうかした?」
「―――――何でも…っぅ」
何でもない、って言いたかったのに…――――勝手に嗚咽が漏れてしまった。
“何でもない”だなんて言えるほど、私の想いは軽いものではなかったから。
だって私はずっと……頼のこと忘れられなかった。
高校で再会して、今の頼を知って。
知れば知るほど、惹かれていった。
頼も、同じ気持ちだって知って―――嬉しかった。
付き合うのは恥ずかしくて…まだ、向き合えなかったけど、嬉しかったのに。
(だけどそれも全部、勘違いだった……?)
私を腕の中に大切そうに抱き締めてくれたのも。
『それでも隣に、居てもいい?』
――そう、言ってくれたのも。
「………うっ」
顔を覆って必死に涙を止めようとすればするほど、想いばかりが溢れて止まらなくて。
(…どうしよう…止まんない)
目の前にいる田端くんを困らせてしまうことが申し訳なくて。
「ごめん、も、放っておいて大丈…」
顔を覆いながら言いかけた“大丈夫だから”の言葉の先は、田端くんの腕の中で消えた。
「…どうして?」
田端くんの喉の奥から出すような苦しそうな声に、私は思わず顔を上げた。
その瞬間、我に返ったように“あ、ごめん”と小さく言い、体を離す。
「赤下くんといるのが辛いなら、俺は遠慮しないから」
隣に座った田端くんがうつ向いたまま、感情を隠すように静かに言った。
「…え…?」
「青島さんが泣くのは、赤下くんのせいだろ?」
「・・・・・」
頼のせい?
それは―――違う。
「頼は……何も、悪くない」
そう言うのが、今の私の精一杯だった。
「青島さん・・・」
田端くんが、私に悲しそうな表情で呟いた。
「ごめん、変なとこ見せちゃって。もう、帰らなきゃ」
涙を拭って教室に戻りかけた私に、田端くんの声が追いかけてきた。
「いつでも、話なら聞くから」
田端くんの優しい言葉に、また涙腺が緩みかけたけど、私は笑顔をつくって振り返る。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
田端くんは私の笑顔を、複雑な表情で見てたけど。
それ以上、何も言わなかった。
そして教室に戻ろうと廊下を歩き出したところで、会ってしまった。
「律花?」
――――まだ、心の準備が出来てなかったのに。
「・・・頼」
頼が、部活から戻ってきてしまった…―――。