73、放課後@頼視点
『手、放してよっ』
彼女に弾かれた手が、痛かった。
違う…ーーーー手が痛いわけじゃなくて。
……心が、痛かったんだ。
日本史の授業なんて全く聞いてなかった。
いや、そもそも授業の内容なんて、何も聴こえてこなかった。
(後ろの二人の話が気になりすぎて!)
何をこそこそ話しているのかと一瞬だけ後ろを振り返り盗み見れば…ーーーー顔を近づけて話す大西と、顔を赤らめる律花の姿が目に入ってきたのだ。
(あんの野郎っ!ムカつく、ムカつく!!ムカつく!!)
────思い出しただけで、大西のやつを殴りたい衝動に駆られる。
「・・・り、頼ってば」
嫉妬で我を忘れかけていた俺の目の前に、律花が少し固い表情で話し掛けてきていた。
「なに?」
(あー、やばい・・・。律花に八つ当たりしてどうする…)
不機嫌な声色で問い掛けてしまった自分を諌める。
だけど、嫉妬で抑えられなかった。その気まずさから目をそらすと、律花が少し傷付いた表情で言った。
「・・・今日、部活終わるの・・・待ってる」
(え!?)
律花が自分から“待ってる”と言ってくれたのは初めてで、驚いて咄嗟に言葉が出てこなかった。
「話したい…こと、あるから」
(“話したいこと”?)
ギクッとした。
容易に予測できてしまったから。
(もしかして…前言撤回したい…とか?)
────だとしたら、その理由はなんだ?
そう思いながら、フラッシュバックするのは。
弾かれた手と。
大西とヒソヒソ話していたときの赤い顔。
(まさか…)
俺の嫉妬がうざいから、やっぱ距離おきたいとか?
大西のことが好きになった…とか?
いや、それはない。それだけは・・・──────。
悪い方にばかり考えてしまう自分を必死に否定してみる。
だけど深刻そうな律花の表情からは、“良い話”ではないことだけは分かる。
だからーーそれ以上触れるのが怖くて、俺は待たせないように仕向けることにした。
「・・・今日は練習のあと片付けもあるし…遅くなるけど?」
「大丈夫、テスト勉強してるから」
そうあっさりかわされてしまい、「そっか、分かった」としか返せなかった自分が情けない。
「じゃあ、部活頑張って」
「うん…」
律花がそう言って、自分の席に戻るのを見届けてから、俺は教室を後にした。
(部活どころじゃねーし…)
それもこれも、全部───────
「おう赤下、遅かったな!」
─────大西のせいだ。
体育館に着くと、今一番顔を見たくなかったやつと鉢合わせた。
「お前さ、律花に構うのやめろ!」
手が出る前にそう言えた自分を褒めてやりたい。
俺の剣幕に、後退りながら大西が苦笑いを浮かべる。
「え、俺?別に構ってないだろ。」
「教科書とか二度と忘れんじゃねーよ、忘れ物ないか前夜と翌朝確認してこい」
「おいおい、赤下くん…」
わざとらしくため息をついて、大西が言った。
「そもそも席代わろうかって俺の気遣いを無下に断ったのは、君だろ?」
「それは…」
─────断りたくて断ったわけじゃない。
あそこで俺が席を代わったら、律花がまた女子にあれこれ言われると思ったから我慢しただけだ。
グッと堪えて呑み込んだ俺に、大西が勝ち誇ったように笑う。
「男の嫉妬は見苦しいぞ、赤下」
コイツ、やっぱ許さん!!