70
「ーーーーで!その後“いや、大丈夫”、って言ったんだよ頼!」
天気も良いし、今日のお昼は中庭で食べようということになった。
「あーあ、心配して損したぁ」
ベンチに腰掛ける私の左隣に座って、里桜が呆れ顔でため息をついた。
「なんでよ?」
里桜がどうかしたのって聞くから、さっきの頼の言動を、正直に話しただけなのに。
「てかさぁ、その痴話喧嘩って必要ー?」
「ちょ、」
(ちょっと待て!どうしてそうなった!?)
紙パックのいちごミルクを飲んでいた私は、危うく噴き出しそうになった。
「ち、違うし!!痴話喧嘩とかじゃないし!」
「そうだねぇ、律花が勝手に拗ねてるだけだもんねぇ」
「拗ねてもないっ!!里桜、話聞いてた?」
「聞いてたよぉ。本当素直じゃないねぇ。ね、香織ちゃんもそう思うでしょ?」
「うん。重症だね、これは…」
私の右隣に座って、私と里桜のやりとりを楽しそうに聞いていた香織が、すかさず頷き里桜に同意する。
「二人とも酷い!!」
「酷いのは私の席だよ、一番前…しかも教卓の真ん前なんて地獄だわ」
何やらさらりと話題を変えられた気がするんだけど、ーーーー確かに私も里桜の席にはなりたくないな。
英語の先生に朗読とかよく当てられるし、数学の先生には宿題やってきてるかさりげに見られてるからね…。
「ご愁傷さま…」
「あ、他人事だと思ってぇー」
「成績上がるんじゃない?ガンバッテ!!」
「香織ちゃんまでぇ!」
お弁当を食べながら三人で、そんな他愛ない話をしていると、同じクラスの女子三人が歩いてくるのが見えた。
「青島さん」
「はい?」
まさか私の目の前で立ち止まるとは思わなくて、驚いて顔を上げると、中でも一番背の高い神奈川梨々香さんが私を見下ろしていた。
「あのくじ引き作ったの、青島さんだよね?」
「ーーーーそうだけど?」
神奈川さんはクラスでも目立つ存在で、中心的人物。素行が悪いとかでよく生活指導の先生に注意されているーーー言ってみれば同じクラスでも私はあまり話したことがない女子だ。
その神奈川さんが、なぜ私にそんなことわざわざ訊きに来たのだろう?
ーーーーそんな疑問は次の瞬間、すぐに消えた。
「赤下くんと近くになれるように細工でもした?」
「………細工?」
(ああ。そういうこと…。)
「ちょっとそれ、言い掛かりだよ!?」
私が答えるより先に、香織が感情的に声を荒げる。
「香織、」
「だって律花っ!」
「ありがと、でも。いいから…」
納得いかないという表情の香織を、自分でも驚くほど冷静に諫める。
神奈川さんの気持ちにすぐに気が付いたからか?
ーーーいや。
心の中で……いつかこんな日がくるんじゃないかって……思っていたからかもしれない。
「細工なんて、してないよ?」
「でも証拠はないよね」
「証拠って…、」
正直に話しても無駄なようだ。
証拠を出せだなんてーーーーそこまで突っ込まれると思わなかった私は、驚いて言葉を切る。
すると一瞬、神奈川さんが口元に勝ち誇った表情を浮かべた。そして手を腰に当てて、続けた。
「だいたいさぁ、赤下くんキープするのはなんで?付き合ってないんだよね?」
「キープなんて……」
思わず言葉を濁し、うつ向く。
“してない”とは、言い切れなかった。
だって頼のことを独り占めしたいと思ってる自分もいるから。
そんな感情がある自分に、
そんな感情がある自分を認めた自分にーーーーまさに今、悩んでるわけで。
「・・・・・」
押し黙るしかできない私に、神奈川さんが突き刺すように言った。
「彼女でもないのに、自分ばっかりずるいと思わない?」
(・・・・思うよ。)
私は狡い人間だと、自分が一番よく分かってる。
こうやって胸が痛むのもーーーなんて自分勝手なんだろうって…思う。
だけど。
「ーーーーごめん。」
「それはどういう“ごめん”なの?」
業を煮やしたように、神奈川さん口調がきつくなる。
「それは…ーーー」
頭の中で、なんて説明しようと考えを巡らせた。
“頼のことが好きだから”と私がそう言えばーーー問題は解決するのだろうか?
だけどそれを言ってしまえばきっと……“じゃあ付き合え”って話になるだろうし。
私は頼と付き合いたいわけではなくて。
ただ、傍にいたいだけで。
だけどそれはーーーー“狡い”こと?
そんな風に、頼を“キープしてる”私が悪い…?
(ただ、傍にいたいーーーーなんて……やっぱり、)
無意識にぎゅっと拳を握ってた。
『好きでごめん』
好きな人に、あんなことを言わせてしまうのは。
(やっぱり…ーーーーダメだよね…)
「神奈川さん、わた「なぁ、何の話してんの?」
泣きそうになるのを堪えて勇気を振り絞り、自分の気持ちを口にしようとした、その瞬間。
神奈川さんの背後から、私たちの会話に割って入ってくる男子の声がしたーーーー。