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(里桜……)
口喧嘩したことを忘れてるみたいに、里桜は普通に私に笑顔を向けてくる。
「おはよう律花。今朝は先に行ってごめんね」
「あ、うん…」
里桜の笑顔に圧倒されて、それしか返せなかった私の隣で、香織が焦れったそうな声を上げた。
「ねぇ!律花の好きな人って?」
「それは律花ちゃんの許可なく言えないよー。だけど香織ちゃんはなんとなく、気付いてるでしょ?」
(え………。なんで言っちゃうの?)
里桜が香織に笑顔を向けてすかさずそう答えると、え?という顔をして香織が黙り込む。
(里桜、酷いよ……。なんでこんなこと――…)
睨み付けるように里桜を見ると、里桜の唇がそっと『大丈夫だよ』とだけ動いた。
“大丈夫”?なんでそう言えるわけ?
私、香織に嘘をついたのに―――…。
『あ、もしかして・・・律花も?』
『―――え、私?』
以前に香織に頼のことを好きか聞かれた時…―――私は咄嗟に嘘をついた。
『まさか。ただの幼馴染みだし、ナイナイ』
もし香織が……私のついた嘘を許してくれなかったらどうしよう?
私のこと、嫌いになったらどうしよう?
気まずくなりたくない。
嫌われたくない。
……傷付きたくない。
だけどあの時、私は頼への気持ちからも逃げていて。香織の気持ちに真っ正面から立ち向かえるほどの勇気なんて微塵もなくて。
――言えるはずがなかったんだ――。
(なんて。……そんな言い訳ばかり考えてるなんて。本当、最低だ。)
沈黙の間、私は心臓がぎゅっと締め付けられているみたいに苦しかった。変な汗が、頭の中を伝う。
「もしかして……」
香織が小さくそう言いながら顔を上げ、私の顔を見つめる。
「うん。香織ちゃんが今、頭に浮かべた人で合ってると思うよ」
言葉が出てこない私の代わりに、里桜が穏やかな声色で言った。
「え?だって律花私が聞いたとき“違う”って……」
戸惑いながら私を見る香織。
(そうだよね、それが普通の反応だよね。)
グッと詰まる胸を手で押さえ、香織に何か答えなければと思っていたところで里桜が口を開いた。
「ごめんね香織ちゃん、律花は素直になれないだけなの。本当はね、もう小学生の時からずっと…――――」
「ちょっと里桜っ!?」
里桜がペラペラと話し出して、私は慌ててそれを遮る。
この子今、何を言いかけた?
“小学生の時からずっと”?
それはない!――――と、否定できない自分が憎い。
「そうだったんだ、私、勘違いしてたね。ごめん、律花…」
心の中で葛藤していた私に、香織がすまなそうに謝るから、拍子抜けしてしまった。
「え、あ……。私も、…ごめん。」
私も素直に謝ると、じゃあ、と香織が教室に戻っていく。
納得、してくれた?
分かってもらえた?
香織の反応が驚くほどあっさりしていたのが信じきれなくて、おさまらない胸のモヤモヤ。
「香織ちゃんなら分かってくれると思ったよ」
香織の背中を見つめていた私の隣で、里桜が静かにそう言った。
「え?」
「律花は、もう少し周りの友達を信用すべきだよ!」
「・・・・そう、だね。」
里桜の悲しげな表情を見て、私は初めて里桜を傷付けていたんだと知った。
あの時も、私は里桜に何も打ち明けなかったから――――…。
「この間は―――…ごめん」
「ううん、私こそ…ごめんね。」
私が謝ると、里桜がホッとしたように微笑んだ。
「朝、田端くんから別れたこと聞いたの。本当…律花は素直じゃないんだから」
「うん……」
里桜の言葉に、私は素直に頷いた。
『それでも隣に、居てもいい?』
あれは頼が、素直じゃない私の分も言葉にしてくれたんだ。
本当は私が、……頼の隣を譲りたくないのに。
(だから……)
「でも…これから少しずつ、向き合いたいと思ってる」
「嬉しいっ、あの律花の口からそんな台詞聞ける日が来るなんてっ!」
「大袈裟…」
目を輝かせてなんとも愛らしい笑顔を見せる里桜に、私は苦笑してしまった。
「これから先、誰がなんと言おうと、私は律花の味方だからね!!」
「はいはい。ありがと。」
本当、里桜は大袈裟だな…って。
この時は、そう…―――思ったんだ。