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雨上がりの翌朝、家を出ると頼が立っていた。
「おはよう律花」
「…おはよ、」
満面の笑みで挨拶してくる頼の顔を、私はまともに見られない。
(なんで頼は、そんな普通でいられるわけ?)
昨日の今日だっていうのに。
『好きでごめん』
――抱き締められた時の、頼の体温も。
『それでも隣に、居てもいい?』
――頼の言葉も。
(私ばっかり、意識してる……っ)
顔が赤くなったのを感じて、ますます顔を上げられない。
「あれ?今日は笹野いないな」
そんな頼の声に顔を上げると、いつの間にか、いつも里桜が待っている場所に着いていた。
「あ……」
毎朝笑顔で待っているはずの、里桜の姿が今朝はなかった。
(そうだ私、…まだ里桜と仲直りしてない…。)
「なんか、あった?」
表情を曇らせた私に気づいたのか、頼が心配そうに声をかけてくる。
「うん、ちょっと…言い合いになって」
「へぇ、珍しいね」
あんたのことで、とは言えない。
「まぁ、さ。笹野は律花のこと大好きだからほっといてもまた戻ってくるでしょ」
「――――え?」
何でもないみたいに笑って、頼が明るく言った。
「俺、最大のライバルは笹野だと思ってるから」
「はっ?な、なによそれっ!」
頼が変な言い回しをするから、つい動揺してしまった。
(だから、昨日の今日でそういうの、止めてよっ)
頼が優しく目を細め、赤面する私を愉しそうに見つめる。
「……分かってるくせに。」
そして、耳元でそう呟いた。
(コイツ…っ!!絶対からかって楽しんでるっ!)
バッと反射的に耳を押さえて頼を睨み付けると、頼が満足気に笑う。
「もぉっ!」
怒った素振りをしたけど、全然怒りは湧いてこなくて。
言動とは裏腹に、心臓がきゅううっと甘く締め付けられる。
(――――心臓がもたないって!)
だけど、それでも頼の隣から逃げ出したいと思えないのは――――頼の気持ちが、真っ直ぐ私をとらえていて。素直じゃない私を、まるごと包み込んでくれてるのが分かるから。
……まだ慣れなくて恥ずかしいけれど、それ以上に、隣にいてくれること嬉しい。
(なんて……絶対言えないけど、)
「ん?どうかした?」
「べ、別に?」
チラッと頼を見上げたらバッチリ目があった。
私は目をそらしてぶっきらぼうに答える。
「おい赤下、」
学校に着く直前、頼に声をかける男子生徒がいた。頼がその人におはようと挨拶するのと、彼が話し出すのはほぼ同時だった。
「お前、今日から朝練じゃなかったか?」
(え?)
「あ、やべ!忘れてた!!律花、俺先行くな!」
「あ、うん。」
私にそう言ってから慌てて走り出す頼の背中を見つめていると、私の横を同じクラスの女の子が通った。
「あ、おはよう!」
「・・・・」
(――――あれ? 聴こえなかったのかな?)
私の声が聞こえなかったのか、彼女は先を歩いていった。
――この時の私は何も分かってなかったんだ……頼の隣にいることが、どういうことなのかを――。