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「田端くん、急用でもできたのか?」
立ち尽くしている私に何気なくそう問い掛けた頼。
不思議そうに田端くんの背を見つめている頼は、思いもしてないだろうな。
「ーーーー別れた」
ドキドキして、声が掠れた。緊張して、声が震える。
「私、田端くんと付き合えないって…言ったから」
「わ、え?――――…それって、」
何か言いかけた言葉を呑み込むようにして、頼は右手で口元を覆うと何か考え込んでいた。
「・・・・・」
私はそんな頼を黙って見つめていた。
緊張のあまり激しく音をたてている心臓が、口から飛び出してきそうだ。
(何か、言ってよ…)
この沈黙が、気まずくて堪えられない。
「……行くぞ、」
思ってもいなかったそんな頼の言葉に、私は頭がついていかなくて、何を言われたのかわからなかった。
「え?」
「家、帰るだろ?」
「ーーーーあ、うん…」
そう言われて、私はつい頷いてしまった。
頼は私の返事を聞くと、何食わぬ顔で歩き出す。
そりゃ今、家に帰るところだったけどさ…。
ちょっと待ってよ……。
私、今かなり勇気出したのに、聞かなかったことにするの?“別れた”って言ったんだよ?
(理由……訊かれると思ったのに。)
それとも頼にとって私はもう、その程度なのか?
心の中で頼に訴えながら、私は黙々と隣を歩く。
だけどそんなことを思いながら、はたと気付いてしまった。
(違う。――私がそう望んだんじゃないか)
自分が作った“友達”という境界線。
踏み込まれるのが怖くて、踏み込んでしまう勇気がなくて一線を引いたのは私で―――…それを頼は、守っていてくれてるだけ。
じっと頼の横顔を見つめていると、視線に気付いた頼が私を不思議そうに見て言った。
「なんだよ、律花もアイス食べたいのか?」
「ばか…」
なんでそうなんのよ、違うでしょ!?
そう言い返してやりたい。
だけど、臆病な私はそれが言えないんだ。
(告えないんだよ……。)
田端くんと別れた理由を訊かれたら告うつもりでいたのに。その勢いはすっかり消えてしまっていた。
「ばかって何だよ…。せっかく律花の分も買ってきてやったのに!」
「え?」
「ついでに買ってきたんだ、律花の好きそうなやつが偶々(たまたま)売ってたからな。―――とりあえず、今からそっち行ってもいい?」
頼がまた想定外なこと言うから、私はパニックになる。
私の分のアイスも?
え、私の好きそうなやつって?
なんでそんなこと知って――――…というか、今何て?
「え?待ってよ、“そっち”……って?」
「だから、律花ん家。俺ん家今、羽虎来てるし」
「え、」
(羽虎って、里桜と仲良さそうだった…“あの”?)
あ。――――頼がさっき言ってた“幼馴染み”って、あの人のことか。なんだ・・・、そっか。
「頼、仲良かったんだ?」
「ん?まぁな、中学一緒だったし」
「・・・ふーん」
(そっか。あの人と、仲良かったんだ。なんか、意外。)
頼とあの羽虎って人が幼馴染みとして仲良くしてたなんて、なんだか奇妙な組み合わせで笑ってしまう。
「律花?」
「ん?」
「何?ホッとしてんの?」
頼が突然、少し屈んで顔を覗きこんでくるから、私は至近距離に過剰反応してしまった。
「は…っ、はぁ?してないからっ!」
(っていうか、ニヤニヤすんな!)
「“幼馴染み”に嫉妬してたんだ、律花ちゃんは?」
「してない!してるわけないし!なんで私が…っ」
してないって言ってるのに、頼が嬉しそうに笑う。
その笑顔が私の心を、ドキンッと跳ねさせる。
(ねぇ……頼も、同じなんだよね?)
『もしこの先、律花を悲しませるようなことしたら…黙ってるつもりはねぇよ?』
田端くんにそう言ってくれた頼の気持ちが嬉しかった。
『俺は過去に…自分の身勝手で律花を傷付けたんだ』
“あの時”の言葉をずっと気にしてたのは、私だけじゃなかったことに・・・私はようやく気付いたんだ。
だからもう、言わなくても分かってるって。
―――もう伝わってるんだって、思ってもいい?
(私たち……両想い、なんだよね?)
そんなことを聞く勇気なんてあるはずなくて、私はチラッと頼を盗み見た。
――――はずだったのに、バッチリ目が合った。
「何よ…」
「べっつに?」
照れ隠しに睨んで見せても、それも全部お見通しみたいに頼が笑うから。
私はもう、なにも言えなくなってしまった。