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呆然としながらも、足は教室へと動き出す。戻らないと、午後の授業が始まってしまう。
―――こんな真面目しか取り柄がない私が、憎い。
(べ、別にあんなの。私のファーストキスとかじゃないし!)
口を手で拭うようにして、そう言い聞かせ平静を装う。
嘘ではない。
私のファーストキスは幼稚園の時。
だから本当に今のが初めてとかではない。
(ああ…私の、バカっ!)
―――そう思い返して、自爆したことに気付いた。
(――――その時の相手も、頼じゃないか!)
ダメだ、完全に動揺しすぎだ。
唇が触れた瞬間、胸がぎゅうっと苦しくなったのを思い出してまた苦しくなる。
「あ、お帰り律花」
教室に戻ると里桜が笑顔で迎えてくれた。
「うん…」
(なんか、顔…見れない―――。)
ぎこちなく答える私の顔を、里桜が覗き込んできた。
「あれ?律花なんか顔赤いけど大丈…「何でもないよ、大丈夫」
(うわ、思いっきり顔背けちゃった・・・不審に思ったよね…)
「そ?つらいなら無理しないで保健室行きなよ?」
「・・・うん。」
絶対怪しまれたと思ったのに、里桜はそれ以上聞いてこなかった。
予鈴が鳴って席に着くと、ずっと落ち着かない。後ろに頼が座ってると思うと、背筋が伸びる。
(意識…し過ぎだってばー―ー)
不意に思い出してしまった。
『嫌がらせする』
今朝、頼が私にだけ聞こえるように耳元で囁いたことば。
(そっか。さっきのあれは、“嫌がらせ”…?)
チクンと痛む胸が、過去の自分とシンクロした。
『別に好きじゃない』
“あの日”の頼の言葉がよみがえる。
(―――私…本当に、嫌われてた…?)
「青島さん、赤下くん」
五時間目の授業は、担任の百田先生の古典。ガイダンスが一通り終わった後、突然私と頼の名前が呼ばれた。
「そういえばクラス委員決まってないの、うちのクラスだけなのよね。だから前期はとりあえず、二人にお願いしてもいいかしら?」
「え?」
(何それ…)
「だって、皆やりたがらないし。お願い。ね?」
百田先生が、ね?と言って手をあわせてくる。
クラスは静まり返っていて誰も何も言わない。多分ここで私が「嫌です」と言ったら今度は他の誰かが指名されるのだろう…。
(これ、拒否権ないよね…?)
「・・・はい」
観念して頷くと、ホッとしたように百田先生が視線を私の後ろへと向ける。
「ありがとう青島さん。赤下くんは?」
「…分かりました、やります」
後ろから、頼の嫌そうな声が聞こえてきた。
(なんでこんなことに…―――私、高校入ってからついてない。)
「じゃあこれでA組のクラス委員は青島さんと赤下くんで決定ね。ああ良かった。じゃあ早速今日の放課後委員会あるみたいだからよろしくね!」
百田先生がニッコリ笑ってそう告げた。
(ああ…――――本当ついてない。)