56@頼視点
「そうなんだ!―――ところで、俺は中学の時からずっと律花のこと好きだったんだけど。」
「た、田端くん!?」
慌てふためく律花を横目に微笑んで、田端くんが俺に視線を向けると笑顔で言った。
「赤下くんは?」
「え、俺?」
それはあまりに唐突で、まったく想定外だった。
(あの普段温厚で大人しい田端くんが、)
俺に敵意を向けていることは、彼の瞳の奥を見れば分かった。
(だけど……、なぜだ?)
俺にそれを告う意味がわからないし、俺の気持ちを訊く意味がわからない。
律花と今、付き合ってるのは田端くんで。
田端くんを選んだのは律花なのに。
(俺をライバル視してるってことか?)
だとしたら、それは光栄だな。
律花の心の中に、少しでも自分が入り込めているのなら。
「ちょっ、待…っ!頼、喋んなくていいから…っ」
必死にそう懇願する律花の声を無視して、俺は正直に答えた。
「俺は出逢ったときからだから……3歳か、4歳か?…いつからだったかなんて、もう覚えてないな」
別に隠すつもりも張り合うつもりもなく、ただ訊かれたからそう答えた。
律花に告白してフラれたからなのか、オープンに気持ちを口にすることができた。そんな風に開き直っているのは、これ以上期待することも傷付くこともないからだと思う。
「なっ…、何言ってんの?」
俺の言葉に律花は毒づきながら顔を赤くしてうつ向き、その隣で田端くんは首をかしげた。
「ーーーーそれなのに、俺と律花が付き合っても何にも言わないのはなぜ?」
「なぜって、…俺は律花がそれで幸せならなんでもいいよ」
半分は本当で、半分はそうでありたいという願望。
“あの時”の言葉を取り消してもう一度やり直したい。また俺を好きになって欲しい。誰にも渡したくない。無理してでも、君の理想に近付きたい。
――――そればかり考えて、律花に接してきた。
(だけど律花が俺に望んだのは、“友達”になることだったから。)
「俺は過去に…自分の身勝手で律花を傷付けたんだ」
『別に何とも思ってないよ、ただ親同士が仲が良いだけで』
あの言葉がどれほど彼女を傷付けたのか、今になって痛いほど分かる。
“あの時”の自分の弱さの代償が、彼女の心に傷を残してしまった。
だから今もそれが律花を苦しめているのなら、俺は律花が笑ってくれるために出来ることをする。――――例えそれが、自分の気持ちを殺すことになっても。
「そういうわけで。もしこの先、律花を悲しませるようなことしたら…黙ってるつもりはねぇよ?」
「そっか」
田端くんが、繋いでいた律花の手を離した。
何が納得いったのか、彼は急に吹っ切れたように清々しい表情になった。
「すごいね、やっぱり俺とは格が違うね」
俺に見せつけるみたいに律花に顔を近づけて何かを囁くと、律花は耳まで真っ赤にしてさらに視線を下に泳がせた。
「そんなに想われて、幸せだね青島さん」
傘が邪魔で声が届かない。
一体何を言って、律花にあんな表情させてるんだコイツ!!
(何も言わないとは言ったけど嫉妬はするんだぞ、この野郎!!)
心の中でそう叫んで睨み付ける俺に気付いた田端くんが、静かに微笑んで言った。
「赤下くん、俺もその気持ち、分かるよ」
「は?何が―――…」
「だから悲しませるようなことしたら、黙ってないから」
「は?」
一方的にそう告げられて、訳も分からず混乱している俺をスルーし、田端くんは律花に向き直ると言った。
「結局最後も、家まで送れなくてごめん」
「ううん…大丈夫。」
「じゃあまた明日、学校で」
突然別れの挨拶をして立ち去る田端くんと、それを見送る律花。二人の言動に一人ついていけていない俺は困惑していた。
「あ、…おいっ」
俺の呼び掛けにも応じず、田端くんは背を向け元来た道を帰っていく。
律花の家に行くんじゃなかったのか?
なんなんだ、急に――…。
「田端くん、急用でもできたのか?」
隣に立ち尽くしている律花に何気なくそう問い掛けた俺は、次の瞬間耳を疑った。
「ーーーー別れた」
(・・・・・え?)
「私、田端くんと付き合えないって…言ったから」