55、修羅場
「ごめんね田端くん、家…遠回りになるのに」
私の家の近くまでさしかかった帰り道、田端くんの家とは方向が逆なのを気にしてそう謝ると田端くんが困ったように笑った。
「俺が頼んだんだから、謝らないでよ」
田端くんは、いつも優しい。ずっと私の歩くスピードに合わせて隣を歩いてくれてるのも、知ってる。
二人の距離が少し近づいた瞬間、私の持つ傘が田端くんの傘に当たった。
「あ…ごめん、」
「もう謝らなくて良いから。」
「本当に、ごめん…」
(私が泣く資格なんてないんだから。堪えろ、私。)
ぐっと唇を噛み締めてうつ向く私に、田端くんが言った。
「…本当に悪いと思ってるなら一度だけ、俺のお願い聞いてくれる?」
「え?」
まっすぐ前を向いたまま真剣な表情でそんなこと言う田端くんの顔を見上げたまま、私は驚いて立ち止まった。
「今、少しだけ。俺と付き合ってるふりして隣にいて?逃げないで、ここに」
「それ、どういう―――…?」
囁くように小さな声を私の耳元で。
そんな訳のわからないお願いをされて、戸惑っていた私の手を、突然田端くんが繋ぐ。
(え、えぇっ?)
初めての事に私はさらに戸惑って、硬直したまま動けなくなった。
(た、田端くん?)
強引に手を繋いでくるなんて、田端くんらしくない。それに、さっきからずっと前ばかり見てる。
「ーーーあ、」
田端くんの視線の先を辿るように前を向いた私は、思わず声を漏らした。
「よ、」
(頼…っ!?)
少し遠くの方からでも、すぐに分かった。
頼がこちらに向かって歩いてきているのが目に映った瞬間、私は反射的に田端くんの手をほどこうとした。
「田端くん…っ?」
けれど、田端くんが逃さないというように力強くぎゅっと握って離さない。
「逃げないで」
私の傘の中に入ってくるみたいに体を寄せて、田端くんが言った。
(あ……。またやってしまった――――)
私は焦っていた。
“頼に見られる”とか、“どうしよう”とか、――そんな事で頭が一杯で
(これじゃあ…田端くんに失礼だ。)
自分の身勝手で田端くんを利用して。
謝っても償いきれないことをしておきながら私は。今も、自分の気持ちばかりで。
「今だけ。――頼むから」
再度田端くんにそう言われて、私は抵抗するをやめた。
(それにしても田端くんが…譲らないなんて、意外だ)
そう思って田端くんを見上げた時、 前から歩いてきた頼が私たちに気づいて足を止めた。
「あれ?律花と田端くん、今デートの帰り?早くない?まだ昼なのに」
頼は私と田端くんを見て、笑顔でそう言った。その瞬間、私の心はぎゅっと潰されるように痛んだ。
(平気……なんだ?)
頼の表情を見れずうつ向いた私の隣で、田端くんが答える。
「せっかく今日休みなのに雨なんて、残念だよね。俺たちはこれから律花の家に行くところなんだ」
(た、田端くん?)
なんだか挑発的な口調に、私はヒヤリとして田端くんを見た。田端くんは意図的になのか、私の手を軽くきゅっと握った。そして頼に微笑みを浮かべる。
「赤下くんはこれからどこか出掛けんの?」
「あー、アイス買って来いって幼馴染みのやつに追い出されてさ。今その帰り」
ガサッと手に持っていた袋を持ち上げて見せながら頼が言った。
(幼馴染み?ーーーーって、里桜のこと?)
「そうなんだ、ところで」
「?」
「俺は中学のときからずっと、律花のこと好きだったんだけど赤下くんは?」