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「やっぱり俺じゃダメだったね…」
傘を並んでさして水族館を出たところで、田端くんが言った。
こうなることを分かってたみたいな口ぶりに、ギクリとして彼を見ると田端くんはへらっと笑った。まるで、安心させようとするみたいに。
「ああごめん。こんな事言うつもりなかったのに」
頭をかいて、田端くんが笑う。それが私の良心をぎゅっと締め付ける。
ポタポタと傘に落ちる雨音が、彼の声を少し聴こえにくくする。
「ダメじゃないよ…っ。田端くんは私の心を癒してくれる、大切なひと。それは本当だから!」
なにをムキになっているんだろう。
こんな言い方じゃあ…田端くんに失礼、だ。
(ーーーーいや、どう言ったって……失礼に変わりない)
だって。
「ダメなのは…私の方で。」
泣きそうになって、喉にぐっと熱いものが込み上げてくる。
田端くんが他の男子と違って優しくて。
優しくて安心できたから。
私なんかを“好きだ”と…正面からそう言ってくれたから。
田端くんの気持ちに応えたかった。それができたら楽なのにって。
(だけど……それは私の身勝手な言い訳で)
「田端くんのことは大切。だけど…」
そう思いながら私はーー本当は自分の気持ちを隠すために、田端くんの優しさにつけ込んで彼を傷付けた。
「“好き”が、違うの…」
気付かないように押し込めていた心の中の言葉が、ほろりと口をついて出た。慌てて口をつぐんだ私に田端くんがふわっと優しく微笑んだ。
全てを許してくれるかのように、優しく……。
「ーーー赤下くんが好き…なんだよね?」
「ど、うしてそれ…」
「うん。知ってたよ、気付いてた。気付いてて告白したんだ」
「…え?」
(知られてた。それなのに……?)
見透かされていたことが恥ずかしくて、一気に顔に熱が集まる。
「だから一瞬でも付き合ってくれて。今日こうやってデート出来たのも夢みたいだった、」
――そんな、表情しないで。
「ありがとう、…青島さん」
――お礼なんて…言わないでよ。
「律花でいいのに」
「いやいや、そんなこと出来ないよ」
友達に戻った彼にそう返すのが精一杯だった私に、田端くんが笑って言った。
「赤下くんの視線が痛いからね」
「そっ、か……」
悪戯な笑顔でそう言う田端くんに、私は複雑な気持ちで頷く。
「じゃあ、家まで送るよ」
「や、平気だから」
(これ以上迷惑かけられないよ…っ。)
慌てて手を振り断る私に、田端くんが切なげに微笑んだ。
「最後くらい、送らせて?」