53、デート
「律花、」
「ん?」
名前を呼ばれて隣を向いた私と目が合うと、田端くんは正面の水槽にぎこちなく目を向けた。
「あ、いや。ーーー久しぶりに来たけど、楽しいよね」
「うん、そだね」
田端くんに言われて、私は笑顔でそう返事をした。
今日は月曜だけど、代休日のためお休み。
田端くんと一緒に近所の水族館にやってきた。
本当は遊園地に行こうかと話していたんだけど、生憎の雨で…ーー仕方ないのでまたの機会にしようということになった。
目の前の水槽を見つめながら、私は魚を目で追う。
スイスイと泳ぐ姿がなんとも自由で羨ましい。
「きれい…」
「うん」
感動している田端くんの隣で、私は静かに頷いた。
せっかく田端くんと初めてのデートで。
こうして田端くんが楽しそうにしているのに。
(消えない……)
『気にすんな、』
まだ耳に残ってる……昨日の頼の言葉。
大切だからこそ踏み出すのが怖いと、傷つくことを恐れていた。
それなのに想いが強くなってくのは、止められない。
『気にすんな、』
(あんなふうに頼が、無理して笑うからーー…)
蓋をしていた、抑え込まないといけないはずの感情。
ずっと秘めていたものが、たまらなく熱くなる。
(開けてしまったら、もう戻れないのに。)
『俺が好きなのは、ずっと律花だけだから。』
頼がくれた言葉。
聞くのが怖くて、ーーそれでいて、ずっと聞きたかった言葉。
『ーーーー俺は、笹野とは付き合わないよ』
あの瞬間死ぬほどホッとしたのも、ーーその答えを心はもう知っているから。
『赤下のこと、好きなんじゃないの?』
ーーーー里桜の言葉は、あまりに真っ直ぐで。
『なんで付き合わないの?両想いなんだよ?』
(だからって里桜に八つ当たりして良いわけないのに。)
「律花?」
「田端くん・・・」
心配そうに見つめる彼に、私はなんと詫びればいいんだろう。――謝っても、許されるはずないのに。
「――――帰る?」
田端くんが寂しそうに笑って言った。こんな時にまで、彼は私の事を“分かっている”ようだった。
言葉をつまらせて頷くしか出来なかった私に、田端くんはただ小さな声で「そっか…」と言った。