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赤下家の呼び鈴を鳴らすと、インターホンには応じず直にドアが開いた。ドアを開けた頼は、驚いて丸くした瞳に私を映していた。
「あ、あの…。晩ご飯、持ってきたから一緒に…」
気まずくて先に目をそらした私は、断られるかもしれないという不安から、声が小さくなって、消えた。
(帰れって、言われるかも……。)
「…うん、食べる」
私のそんな不安は、頼の言葉がすぐに消してくれた。そしてすぐに私を玄関に通してくれる頼に、逆に私が驚くほど、“普通”だった。
(なんだ…意識してたの、私だけか)
肩透かしを喰らったような、ホッとしたような妙な気持ちで、私は靴を脱いで玄関をあがった。
「お箸、勝手に出すよ?」
キッチンに入りながら声をかけると、「おお、ありがと」と返事が返ってくる。
私は紙袋からタッパーを取り出して、箸を並べる。
赤い箸は、舞さんが買い置きしておいてくれた私の箸。色違いで同じデザインの青い箸は、頼のもの。
電子レンジで持参した白米を温めている間に、頼が取り皿を持ってきて席についた。
「肉じゃがだ」
タッパーの蓋を開けるなり、頼が嬉しそうに声をあげた。私も温め終わったご飯を持って席について、それを覗き込む。
「あぁ、ニンジン多めだ。嫌がらせだわこれ」
ガッカリしてつい文句を言う私に、頼が笑った。
「律花、まだニンジン食べれないのかよ?」
「食べれないんじゃないよ、苦手なの」
「一緒だろ」
「一緒じゃない!頼なんて、トマト食べれないくせに」
「食べれるよ」
「え?」
「克服したもん、俺」
どや顔でそう言われて、私は言葉に詰まった。
(うっ!なんか、悔しい・・・)
私は取り皿にニンジンを多目に取り分けて、口の中に押し込んだ。
「律花、そんな無理してニンジン食べなくても俺食べるよ?」
「食べれるって言ったでしょ」
口の中に一杯に入れながら、むきになってそう言い返す私を呆れた顔で頼が見つめる。
そして次の瞬間、頼がふはっと噴き出した。
「ほーんと、意地っ張り」
ニンジンがグッと喉につまりかけて、私は目が潤んだ。
頼の笑った顔が…ーーーードスッと胸に突き刺さって。
(あぁ。ーーまた油断、した)
「ま、偉いよな。」
頼がそう言って幸せそうに笑う。
さっきから、ちゃんと“友達”として接してくれてる。私のために、頼は“友達”になってくれている。
(ーーーーそれなのに、)
頼の好きが溢れて、伝わってきてしまう。
(どうしよう…ヤバい)
甘すぎて耐えられない空気。
取り込まれてしまいそうなほど、幸せオーラに包まれていくのがわかる。
「た、食べたらすぐ帰るから」
堪らなくなって、慌ててご飯を掻き込む私に頼が少し緊張した表情で言った。
「なぁ。明日、一緒にどこか出掛けない?」
ーーーーーデジャブだと思った。
「あーごめん…、明日は」
「あぁ、彼氏か。」
言葉を濁す私に、頼が苦笑しながら言った。
(彼氏って…)
頼が言うと、泣きそうになる。
罪悪感?それとも疎外感?
そんな風に笑わないで…って思うくせに、心のどこかでホッとしてる自分が、嫌になる。
「気にすんな、ただ部活もないから暇潰しに付き合わせようと思っただけだし」
「ひ、暇潰しって酷くない?」
頼がわざと悪態をつき、私はそれにすかさずツッコんで、この話はこれでおしまいになったけど。
頼が無理して笑ってるんじゃないかと思ったら、私はやっぱりここに来るべきじゃなかった気がした。