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「はいこれ」
当然かのごとくドンと目の前に置かれた紙袋。私はそれから目線を上げて訊ねた。
「なにこれ」
「何って、頼くんの晩ご飯」
母は、当然のような表情でそう答えた。
(ああ、・・・そうでした。)
今日も舞さんは単身赴任の頼パパの所なんだ。本当に、仲良し夫婦だな。
「一緒に食べるなら、律花の分もつめるけど?」
「いや、いい。」
母に訊かれて私は反射的に即答した。でも、答えてからふと気が付いた。
(でも、そしたら…ーーー)
あの広い家に独りで、頼は晩ご飯食べるのか。
(それはちょっと、なんか…ーーーー)
モヤモヤしたものが、私の心に立ち込める。
「あー、やっぱり私の分も入れて」
「あらあら、」
母が私の言葉にニヤニヤとしながら口元を手で隠す。
「…なによ、その含み笑いは」
「べっつにぃ?じゃ、ちょっと待ってなさい」
意味深な顔でそう言ってキッチンへといそいそと戻っていく母の背中を、私は目で追いながら何か忘れているような違和感を感じた。
(そういえば、ーーーー私、頼と最後に話したのって…)
心の中に立ち込めていたモヤモヤが、少しずつ消えていく。自分で見えなくしていたものが見えてくるような、そんな感覚の先にはーーー…。
『俺が好きなのは、ずっと律花だけだから。』
(あ・・・・、れ?)
『里桜が好きなんでしょ?私と友達になろうとした
のも、里桜に近付く為だったんでしょ』
(ぬあぁぁっ!!!)
なんか急に、本当に急に、ぶわぁっといろいろ思い出して。ついでに変な冷や汗もぶわぁっと身体中から噴き出してきた。
『里桜も、頼と同じ気持ちだって言ってた。お似合いだし、良いと思う。』
(わた、私っ!なんてことを・・・っ!)
甦る記憶は、恥ずかしすぎて、消したくてーーーー蓋をしていた私の発言の数々。
(里桜に嫉妬して、頼にあんなこと言って。)
『ーーーー俺は、笹野とは付き合わないよ』
『……うん』
不安から解放されたみたいに安堵して、素直に嬉しいと思ってしまった、あの瞬間の身勝手な自分。
『ごめん、頼。……私、』
なのに、あんなふうに頼から逃げた、卑怯な自分。
好きなくせに、まだそれに応えるほどの度胸がない自分。
「お母さん、ごめんやっぱやめる!」
(最低すぎて、合わせる顔がないよ…っ)
慌てて取り消そうとした私に、母は呆れた顔で言った。
「えぇー?もう詰めちゃったわよ、ほら持って行きなさい!」
そして夕御飯の入った紙袋をガシッと手渡して、私を押し出すかのごとく玄関に向かわせると、母はにこやかに手を振ったのだった。
「頼くんに、よろしくね」