50@里桜視点
『お、里桜ちゃん』
私に向けてくれる、あの優しい表情が好きだった。
『里桜ちゃんはかわいいよ』
そう言って頭を撫でてくれた時、私は胸の高鳴りを感じていた。
だけどこれが“恋”だと自覚したときには、ーーーー彼とは会えなくなっていた。
もうずっと会えていないのも、私と彼にはなんの繋がりもないと思い知らされる。
(こんな気持ちなんか、いっそ消えてしまえば楽になれるのにーーーー。)
翌日の昼過ぎに合宿は終わった。学校で解散となった後、名前も知らない男子に呼び止められて告白されてーーー戻ってきたらすでに律花は居なくなっていた。
(・・・・帰ろ。)
律花と帰る時はもっと景色もキラキラして見えていたのに、ーーー今日はただ蒸し暑いだけ。
(仲直り、したいな…)
『里桜には分かんないよ!』
昨日、初めて律花と喧嘩した。あんなふうに本気でぶつかったのは、初めてだった。
(分かるわけないよ・・・。)
私は両想いになんてなったことがない。
だから私は、赤下と両想いな律花が、ただ羨ましかった。
ーーーなのに付き合わない二人が理解できなくて、もどかしくて。
大好きな律花と、私と同じくらい律花を大好きな赤下。二人がうまくいくことを祈っているだけなのに。
(なんでこんな、上手くいかないのかな・・・)
「あ!里桜ちゃん、久しぶり!」
虫の居所の悪い私を、空気を読まない声が呼び止める。
振り返れば…あの女、西野美樹が私の後ろに立っていて、私はいつものように笑顔を向ける。
「あぁ美樹ちゃん、久しぶりだね。クラス別れちゃって残念だったよぉ」
「頼、見なかった?」
(無視ですか…そうですか。)
にしても、ケバくなったなぁ。これが俗にいう“高校デビュー”ってやつなのかな?
にこやかに社交辞令を述べた私を華麗にスルーして、美樹ちゃんが畳み掛けるように訊いてくる。
(この子、本当に苦手だわ。)
赤下はこのあと部活だと言っていたけど、残念ながらそれを正直に答えるほど私はお人好しではないのよね。
「あー分かんないや、ごめんねぇ。」
(なぁーんて、心にも思ってないけど。)
心の中で舌を出しほくそ笑みながら、私は彼女に軽い口調で否定してみた。
「ていうか美樹ちゃんさぁ、赤下のことその呼び方はやめたらどうかなぁ?なんか違和感あるよ?」
赤下のことを“頼”と呼んでいいのは、律花だけ。私はそう思ってる。
「里桜ちゃん、私と頼が付き合ってたの知らないの?」
「ん?知ってたけど?」
なぜにそんな誇らしげなのかな?動揺を誘おうとしたのか、過去の栄光のつもりなのか知らないけど、私にはそれ、なんのダメージにもならないよ?
虎ちゃんから聞いてたしね。
中学入ってすぐ、赤下が西野美樹ちゃんと付き合ったって。
(ーーーだけど、“だから、何?”)
「もう関係無いよねぇ?」
私の言葉に、彼女は少し苛立った表情を見せた。
「私はまだ頼とやり直したいと思ってるの。それに律花ちゃんには彼氏できたんでしょ?」
「・・・・・」
うーん。
まったく諦め悪いなぁ…。
またややこしくなるじゃないの。
「律花と赤下は、絶対付き合うことになるよ?あの二人の間には誰も割り込めない。たとえ少しの間でも、赤下と付き合えた美樹ちゃんなら分かるでしょ?」
「律花ちゃん、頼とは絶対付き合わないよ」
ここまで言っても、引き下がらない。
イタイ子だなぁ、ほんとに。
それ、あなたの願望ですよねぇ?
「すごぉい、なにその自信。どこからくるのぉ?」
わざと苛立たせる口調で、笑って喧嘩を売る私を美樹ちゃんが不敵に笑う。それがまた、私を苛つかせる。
「あーんなひどいこと言われたら、なかなか付き合うとか出来ないと思うなぁ私。」
(あぁ…そうか。そういうこと…。)
「知ってるんでしょ?」
美樹ちゃんが勝ち誇った顔でそう訊いてくる。
知っていて、そう訊ねてるんだから本当に性格が悪い子だよね。
(目障りだなぁ、本当。)
「まぁとりあえず、美樹ちゃんも頑張ってね。」
私は笑顔で手を振ると、彼女に背を向ける。
「うん、またね。」
そんな声を背中で受けながら、私は歩き出す。
絶対に二人の邪魔はさせない。
ま、美樹ちゃんには赤下の心は絶対動かせないだろうけどね。