44
『私達、健全なお友達になろ?』
あの時……――私がそう提案したのは、頼を“男”だと意識したくなかったからだ。
“異性”として見たくないし、見られたくない。
――――そう思っていた。
合宿二日目の夜、同室のみんなはテンション高く談笑しながらキャンプファイアーのイベントへと向かう。私はそんな皆の後ろを付いて歩いていた。
が、…会場に近づくにつれて足が重くなっていく。
(こんな気持ちで、田端くんに会えない…)
「律花ちゃん?」
ふいに立ち止まった私に、如月由美ちゃんが気づいて振り返る。私は誤魔化すように笑って、答えた。
「あ、私…スマホ置いてきちゃったみたい。皆で先に行ってて?」
部屋に戻ってもずっと、頼の言葉が頭の中で繰り返される。何度も、私の心に問い掛けてくる。
『“友達”でも良いって思ってた。律花が傍に居てくれるなら』
あの言葉に、胸の奥がぎゅっと痛む。
(友達という関係にこだわっていたのは、私。)
“友達”ならずっと傍に居られるんじゃないか…なんて――そんなのは、私の愚かな推測だった。
“友達”でいればその先の関係に踏み出さなくても……それでも繋ぎ止めておけるなんてことにはならない。
(そんなの、今さら気が付いても……遅いのに……)
苦しくて、悲しい。
頼のことで苦しみたくない、頼のことで傷付きたくない。
そう思って“友達”を選んだはずだったのに。
(馬鹿だ……)
「あれ?律花、行かないの?キャンプファイアー。」
部屋の窓からボーッと外を眺めていると、引き戸が開いて香織が顔を出した。
「あ、ううん……」
明るく振る舞わなきゃと立ち上がり、そろそろ行かないとね、なんて話ながら部屋を出た。
そんな私に、後ろから追いかけてきた香織が神妙な顔つきで問いかけてくる。
「ねぇ、こんなこと訊いて言いのか分からないんだけど」
「ん?」
「律花って本気で、赤下くんと仲悪い、の?」
「え…?」
「や、前に苦手って言ってたでしょ?それに合宿中になったら目も合わせないし。親友の里桜ちゃんが赤下くんと付き合わないのって、もしかして律花のこと気にしてるのかなーって。」
私の心の中を香織の言葉は土足で踏み込んでくる。
「・・・さぁ?どうなんだろ?」
やめて、やめてと悲鳴を上げている心をなんとか押し込めて、私は俯いたまま曖昧に笑って答えた。
そんな私の気持ちを知るはずもなく、香織が私を諭すように優しく微笑んで言った。
「友達ならさぁ、里桜ちゃんの恋も応援してあげようよ。赤下くんと里桜ちゃんならお似合いだし」
香織の言葉に、一々傷付く。
(分かってる…)
「律花は田端くんという彼氏がいるわけだし」
頭では分かってる。
そうすべきだってことは。
だけど…追い付かないんだ、心が。
「ね?」
頼が私以外の誰かと付き合うなんて、考えたくない。そんなの、――――見たくない。
想像しただけで涙腺がゆるんで、ポロポロと大粒の涙が目から溢れた。ぐっと堪えても、涙は簡単に止められない。
「え?え、律花っ?」
突然涙を流し始めた私に、香織はギョッとして顔を覗き込んでくる。
「あ…、なんか目の中にゴミが…」
こんな言い訳で、香織が納得するわけないと思いながらも、私の口から咄嗟に出たのはそんな分かりやすい嘘だった。
(止まれ、止まれ…止まってよ…)
私の意と反して、涙は流れ落ちる。
「律花、」
ずっと止まらなくて困っていた私に、駆け寄る足音。心配そうに覗き込む瞳が、私をとらえる。
「どうした?」
低い声。でも、優しい声に、涙腺がますます弛んでしまう。
「目、洗いに行こう。」