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「・・・・」
「・・・・」
先生の御用聞きを終えクラスへと戻るところで、それまでずっと無言だった頼が、口を開いた。
「アイツと付き合いだしたって?」
低くて掠れたような声。
咎めるようなその声になぜかチクンと胸が痛んだ。
「…そう、だけど?」
目を合わさずにそう答える。
(な…っ!?)
すると頼が、私の目の前に立ちはだかるようにして回り込んできた。私は驚いて足を止め、慌てて足元に視線を落とす。
「な、んのつもり…?」
勝手に心臓が暴れだす。意識したくないのに、顔が熱い。
退いてよ、と横をすり抜けようとしても頼がそれを許さない。すぐに目の前に立ちはだかる。気が付いた時にはトンッと背が壁に付き、すっかり逃げ場を失っていた。
「退いてってば…」
(見ないで、見れたくない…―――)
弱い自分。
惨めな自分。
それなのに鼓動は激しくなるばかりで、その矛盾がまたイタイ。
「―――“なんのつもり”って、」
左手で私の右手首を掴むと頼がじっと私を見つめる。真っ直ぐに、熱のある瞳が…私を映してる。
「分からない?」
「………な、に…?」
違うに決まってる、でも。
そんな表情されたらまるで“嫉妬してる”みたいだよ。
(違う、違うんだって。)
心の中でそれを掻き消す。
なんで毎回、期待してるの私は…。
もう、やめよう。
悲しくなるだけだ。
「と、とりあえず近いんだけど、」
至近距離に耐えられなくて、私はなんとか離れようとした。でも、頼の力には敵わない。グッと手首に力をいれても、びくともしない。
頼が、必死な私を見て嗤った。そして、さらに距離を縮めるように顔を覗き込むと愉しそうに言った。
「近いと、何?困るの?」
(こいつ…!)
まるで挑発するみたいに、頼が笑う。私はぐっと下唇を噛んだ。
(悔しい…)
今も…こんなドキドキして心臓が苦しいのは私だ。
頼は、里桜を好きになった日から、私のことは里桜を繋ぐ大切な“友達”だった。
(なのに、こうやって近づいてくるから―――)
私の勝手な気持ちだって分かってるのに、怒りが収まらない。
「放して…っ!」
「なんで?…――田端くんに誤解されるから?」
(頼は、なんにも分かってない。)
「・・・そう、だよ」
私は目をそらして、小さな声でそう答えた。
(この距離のつらさが、分かってない。)
だめだ、これ以上は。
次に口を開いたら、嗚咽が漏れて泣いてしまいそうだ。
堪えている私の頬を、頼の指がそっと触れた。
「律花、俺を見て。ハッキリ言えよ」
無理に見上げれば傷付いた時の、頼の表情がそこにあった。
それがどうしてなのかなんて、考える余裕はなかった。
(だってこんなの、残酷すぎる。)
「・・・“これ”が律花の返事?」
頼の問い掛けに、私は何も応えられなかった。
ひたすら泣くのを、堪えてたから。
「“友達”でも良いって思ってた。律花が傍に居てくれるなら」
(そんな言い方は、…狡いよ。)
まるで告白みたいで、クラクラする。
(だけど…違うんだ。違ったんだ。)
勘違いした。
私のこと、想ってくれてたのかな…とか。
そんなのは、ただの思い違いだった。
(私だって…そう思ってた。友達としてずっと傍にいれたらって。だけどやっぱり…)
「…無理」
言葉にできたのは、その二文字がやっとだった。
「は?」
頼の不機嫌な声が聴こえてくる。
私の心を揺さぶる声が。
「“無理”ってなんだよ?なんで急に、」
(それを言わせるの?私に?)
恥ずかしくて、消えてしまいたい。
あんな惨めな自惚れは、二度と思い出したくない。
――――なのに。
「律花、なんでそ「そんなの、自分で考えてよ!」
八つ当たりするみたいに私は叫んだ。
頼の手が緩まったその瞬間、私はその場から全力で逃げた。
頬を伝った涙に、頼が気づく前に。