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お風呂から自分の部屋に戻りゆっくりしていると、同じ部屋の如月由美ちゃんが、部屋に入ってくるなり「ちょっと聞いてよ!」と興奮冷め止まない様子で話し始めた。
「今、里桜ちゃんと赤下くんが密会してたんだけど!!」
―――“里桜”も“頼”も…私の大切な“友達”。
それなのにどうして、二人の名前を聞いただけで、私は苦しむのだろう。
まるで心臓が動く度に痛め付けられるかのように。
(穏やかでいられない…、この感情を切り捨てたいのに。)
私はその話に食い付いた女子たちの会話を、複雑な思いで聞いていた。
「あの二人って仲良いし、幼馴染みなんでしょー?」
「隠れて逢ってるなんて、付き合ってるんじゃなーい?」
「あーぁ、赤下くんかっこいいなと思ってたのになぁ」
「でも、彼女が里桜ちゃんなら文句も言えないよね」
「言えてる!お似合いだもんね」
深夜になり、同室の皆の寝息が聴こえる中、一人寝付けない私はこっそり部屋を出た。
湯船にでも浸かって、眠気を誘おうと女湯へと向かうことにした。
眠れない原因は、わかっていた。
寝る前の、如月由美ちゃん達の会話が今も頭の中を廻っている。
(“お似合い”、…か。)
確かに里桜は美人、それに大人っぽいからそのへんのお子様男子なんかじゃ彼氏には相応しくないと思ってた。
(その点、頼は――――。)
頼は小学生の頃とは違って背も高くなっていたし、元々目鼻立ちも整っている。私といるときは子供っぽいところもあるけど里桜にはそんな所見せないし、見た目も、里桜の隣にいて見劣りしないのは確かだ。
(むしろ相乗効果で、お互い眩しいくらい輝きまくってるし…)
考えれば考えるほど、二人が付き合わないのが不自然だと思えてならない。
(あれ?――――里桜も、頼が好きだったりするのか…?)
今まで気が付かなかったけれど、里桜はモテるのに誰とも付き合わないのは・・・。
私に好きな人の話をしたことがないのは・・・。
『赤下のことは、いいのね?』
(あの言い方は、まるで…)
私に今まで遠慮してた?
言わなかったんじゃなくて、言えなかったの?
「…あ。」
グルグルと考えながら歩いていた私は暖簾の前で、偶然男湯から出てきたところの田端くんに出くわした。
田端くんは、私の事を幽霊でも見るかのように目を見開いていた。
「驚いたよ、まさか誰かに会うなんて思わなかったから」
じゃあねとすぐに別れて女湯に入れる雰囲気でもなく、私は休憩室のベンチに田端くんと並んで腰かけた。
「こんな時間に一人?」
「――――田端くんこそ。」
私がそう言い返すと、田端くんは急に火照った顔を浴衣の袖で隠す。
「なんか、寝付けなくて…」
照れたように目をそらしながら幸せそうにはにかんだ田端くん。
(わ…っ。ちょっと…)
その姿に、私まで伝染して赤くなってしまった。
「あのさ、」
田端くんが急に改まった表情で口を開いた。何事かと田端くんの横顔をじっと見つめ、赤くなってる耳をかわいいなぁと思っていると、こちらに目を向けた田端くんが言った。
「…“律花”って、呼んでも良い?」
不意討ちで田端くんに初めて名前を呼ばれ、ドキッと心臓が跳ねた。
わざわざ許可をとる所が田端くんらしくて、私はついクスッと笑ってしまった。
「うん…」
口元が綻ぶのを感じながら返事をすると、田端くんが嬉しそうに目を細めた。
そんな表情の田端くんに、キュッと胸が締め付けられた。
「ヤバいね、これ…」
口元を隠して田端くんがまた静かに照れてる。
顔に幸せですって書かれている。
(田端くん…―――本当に、私の事・・・)
半信半疑だったものが、明確になったような。
現実を突きつけられたような感覚に、私の心に靄がかかった。
両想いになれて本当に幸せそうな田端くん。
真面目で、誠実な田端くん。
(その隣にいる私は…―――場違い…だよ…)
「大丈夫だよ」
目を伏せていた私は、田端くんの声に我に返る。
「大丈夫、俺…分かってるから」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、田端くんが小さな声でポツリと言った。
顔を上げた私を、田端くんはまっすぐに見つめていた。哀し気に揺らめく瞳が、私に罪悪感を抱かせる。
「何言って…「でも、譲るのだけはしたくない」
そして、その口調が―――本当に“分かってる”みたいでドキッとした。