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香織の言葉が、ずっと頭の中でリピートされている。
『…里桜ちゃんのこと、好きみたい』
(この間連絡先を交換して、ようやくまた“友達”に戻れたのに。)
友達としてなら、頼の隣に安心して居られた。
私は頼と“友達”になりたかった筈だった。
(なのに、――――なんで…)
『…里桜ちゃんのこと、好きみたい』
(あの一言で…こんなにも心がかき乱されてるんだろう…?)
「疲れたねぇ、」
「でも、楽しかったよね」
「うん。あとは明日の夜のキャンプファイアだね」
「それも楽しみだよねぇ」
私のグループがゴールし終えると、既にゴールし終えていた同じクラスの女子達が楽しそうに話していた。私は香織に連れられて何となくその場にいたけれど、会話には加わっていなかった。
キャピキャピ騒ぐ女子たちを隠れ蓑にして、笑顔を作りながら心の中ではずっと頼と里桜のことを考えていた。
「ねぇ…律花、ちょっと!」
田端くんが私を呼んでいたことに気付いたのは、香織が肩を叩いて教えてくれたからだ。
(…ん?)
「青島さん、今、ちょっと…良いかな?」
女子達の視線が恥ずかしかったのか、顔を赤らめて田端くんが小さい声で言った。
「うん…?」
「ごゆっくりぃ」
そんな田端くんをからかうように、香織がニヤニヤしながら私を見送る。
今日宿泊する合宿所から外へ出ると、日が落ちてきて風がまだ肌寒かった。ジャージの袖を引っ張るようにして寒さをしのぐ。
「田端くん、どうかしたの?」
―――先生からの言伝てだろうか?
それにしては、なんか…いつもと雰囲気が違うような。
「ちょっと、中学の時の話しても良いかな?」
「え?―――うん、良いけど…」
畏まった様子の田端くんを不審に思いながらも、私は頷いた。すると突然、深い深呼吸のあと田端くんが話し始めた。
「初めて青島さんに話し掛けたときのこと…覚えてる?」
「え?――――ええっと、確か同じ図書委員で、当番が一緒になったときに」
「うん。図書室で、初めて青島さんと喋ったよね」
「あぁ、そうだったね!」
田端くんがハラリと落とした図書カードを、私が拾って渡したとき、私たちは初めて言葉を交わした。
『これ、落としたよ』
『あ…ありがとう』
「実はあの時、ガチガチに緊張しててうまく手が動かなかったんだよ」
「へぇ、田端くんてあがり症なの?」
クスッと笑う私を横目に、田端くんが苦笑いで答える。
「青島さんていつも真っ直ぐで真面目で優しいけど、男子には結構口調がキツかったっていうか…」
「…あ、ごめん。」
田端くんにも、そんな態度だったんだろうか。
自覚なかったけど、だとしたら申し訳ない。
「だから初めて話したときすごく嬉しくて。あの、つまり・・・何が言いたいのかと言うと、」
(ん?)
なんだか話の流れが、良くない方向へ向かっている予感がする…―――そう気がついた時には、田端くんが赤くなりながら口を開いていた。
「ずっと前から俺、青島さんのことが…――――好きだったんだ」
(…好き?私を?)
戸惑う私の頭の中で、頼の声がした。
『律花が鈍感なだけだ』
(――――なんで今、この瞬間も…。)
浮かんでくるのは、頼なんだろう。
(頼は、里桜が好きなのに…)
締め付けられる胸が、苦しい。
「俺と…付き合ってください」
「・・・えっと、」
(こんな時、私はなんて言えばいい?)
田端くんを傷付けたくない。
あんな思いを、させたくない。
だけど。
(なんて、言えばいい?)
「やっぱり、俺なんかじゃ…ダメだよね?青島さんには、相応しくないよね…」
田端くんが寂しげに嘲笑うから、私は咄嗟に言葉をかけていた。
「そんな事…ないよ」
ダメなんかじゃない。
だって田端くんはいつも優しかった。
他の男子達と違って、隣にいても穏やかでいられる存在で。
(…私にとって、大切なひと…―――だから。)
だから、ここで彼の好意を断るのは…―――彼を傷付けるのは、嫌だと思った。
「え、じゃあ…」
「あ、・・・うん。」
田端くんの言葉に、私は静かに頷いた。
(―――それはきっと、田端くんだったから。 )
「よろしく、お願いします…」
私がそう言うと、田端くんが小さく微笑んだ。