36@頼視点
「じゃあ私たち先急ぐから。また後でね―――――行こう、律花」
「え、何…?ちょっと里桜っ?」
突然何を思ったのか笹野が、律花をつれて走って行ってしまった。
(笹野のやつ、一体何を企んでるんだか…。)
あからさまな態度に何かあるとは思ったが、律花を連れていってしまった時点で、一体何がしたかったのか全く理解できなかった。
「えっと、赤下くんおはよ」
「あぁ、おはよう」
笹野と律花の背中を目で追っていると隣からおずおずと声をかけられ視線を向ける。
(あーっと…確か同じクラスの…―――。)
名前が、何だったか思い出せないが、この間も律花と話してたのは覚えている。元々他人の名前を覚えるのは苦手だ。興味のない人間なら尚更。
「赤下くん、朝とか律花と一緒のこと多いよねぇ、家近いとか?」
隣を歩くクラスメイトの名前をぼんやりと考えていると、笑顔で話し掛けられた。
「うん・・・まぁ。」
聞かれたことに答えながら、“あ。この女子俺、苦手なタイプだ”と瞬時に思った。高めの声に、控えめな話し方、ぶりっ子な感じが西野と重なって見えて正直苦手だった。
「そうなんだぁ」
そう言って、まるで用意していたかのように微笑む。
「幼馴染みなんだぁ、羨ましいー」
「・・・」
(“幼馴染み”だとは言ってねぇけどな…。)
心の中でそう毒づきながら、俺はただ、黙々と歩いていた。
俺と律花が“幼馴染み”だということはおそらく聞いていたのだろう。知っていたのにわざわざ話し掛けてくるところが、回りくどくてイラっとする。
「ねぇ、」
歩くスピードを上げようとしたところで、今度は少し強張った声で話し掛けられた。
「赤下くんって、好きな人…いるの?」
内心ドキッとしたが、別にこの女子にときめいた訳ではない。あまりに唐突で、しかも話題が話題だったからだ。
「は?」
(なに、この女・・・)
「あ。この聞き方はフェアじゃないよね。」
俺が驚いてその子の方を向くのと、その子が顔を上げるとは同時だった。頬を赤らめ、瞳を震わせて、彼女は言った。
「私、赤下くんのことが好きです。付き合ってください」
(―――そういうことか。)
律花に鈍感などと言っておきながら、俺は今、告白されてこの子の本心を知った。
「ごめん…。無理。」
目を合わせることなく、ポツリと呟く。この気まずい空気が嫌いだ。大抵このあと、泣かれたりするんだ、俺が悪いみたいに。
だけど彼女は、少し表情を曇らせてはいたが、明るく努めていた。
「はは。やっぱね。――…好きな人、居るんだ?」
「うん、まぁ。」
彼女の問いに、俺は正直に答えた。
「…そうじゃないかなぁって思ってた」
たいして驚くこともなく、彼女はそう言って笑った。どうやら俺の気持ちは薄々感付いていて、今確信に変わったようだ。
「それ…」
“まさか、律花には言ってないよな?”―――そう確認しようと少し焦って口を開きかけた俺を、彼女が笑って遮った。
「ああ、大丈夫だよ!私も律花も、邪魔しようなんて思ってないから!」
「え?」
(――――“律花”も?)
まるで安心させるかのような口ぶりでそう言われたが、“律花”の名前が出てきたことで、何を言われているのか頭がついていけてなかった。
「分かってるよ。好きな人って、里桜ちゃんでしょう?」
こそっと声を潜めてそう言うと、彼女は俺の二、三歩前に出た。
「―――は?」
呆然と立ち尽くす俺の方を振り返り、彼女は笑顔で言った。
「大丈夫!二人お似合いだもん!頑張ってね!」
「あ…ちょっ」
一方的に言うだけ言うと、彼女は走って行ってしまった。俺は否定しようと伸ばしかけた手を力なく下ろす。
(何が、どうして、そうなった!? )