34@頼視点
「俺は・・・────」
ここにきて躊躇ってしまったのはきっと・・・言ってしまったらまた、壊れてしまうと分かっていたからだ。
(そうだよ。冷静なれば、律花が俺をどう思っているかなんて────)
『私達、健全なお友達になろ?』
─────そう言われたばかりなのだから。
ここで好きだと告げるのは簡単だ。今の自分なら、“律花が好きだ”と、“大切なのだ”と、口にすることは容易い。
(―――いっそ、言ってしまいたいくらいだ。)
そしたら俺は、昔の自分にケリをつけられる気がする。あの頃の後悔を、少しは拭えるのかもしれない。
(だけどそれが出来ないのは――――。)
彼女を一度傷付けた自分が、一方的に、自分本意に気持ちを告げるのは違うと思った。だから、“今ではない”と俺は判断した。
(それに…―――)
「頼?」
口を閉ざしたままの俺に、律花が不思議そうに見つめてくる。
「・・・・」
『まさか告白じゃないよね?あり得ないよね?』
律花がそう言ったのは、俺に対する牽制で。だから俺はそれを、汲み取るべきだと思った。
――――今は。
昨日友達になろうと言われたばかりの相手に、告白してもうまく行くはずがない。そもそも、昨日は勝手に期待していた為につい不貞腐れてしまったが、拒絶されていたことを思えば歩み寄ってきてくれただけ進展してきたとも言えるじゃないか。
(今は、友達でも良いのかもしれない。傍に居られるのならそれで。)
『ねぇ、やっぱり上手くいかないんでしょ?』
「さっき、…西野に会った」
言おうかどうか躊躇ったが、俺はアイツの名前を出した。律花はその苗字を聞いても、誰のことなのかピンと来なかったらしい。
「律花も知ってると思う。―――西野美樹って覚えてない?小学校一緒だった」
「西野…美樹?西野…」
そう繰り返す律花は、まるで呪文でも唱えているかのようだ。
「あぁ、―――西野…さん。」
そして何か思い出したのか小さく呟いた瞬間、一瞬表情を曇らせたのを俺は見逃さなかった。と言うより、この瞬間の律花の反応が見たくて、敢えて彼女の名前を出したのかもしれないと、後で思った。
(やっぱり…知ってたんだな――――)
「思い出した、西野さんね。同じ高校だったんだぁ!気付かなかったな、何組なんだろう?って、私は別に小学校のとき同じクラスになったことも無かったから覚えられてないかもね。中学も違ったし。頼は同じ中学だったよね?確か…」
律花は気付いていないのかもしれないが、口数が不自然に多くなるときは大抵、何かを隠しているときだ。うまく誤魔化せていると思っているのだろうか、俺に、そんな表情で。
「律花、」
伏し目がちに明るく振る舞って話す律花を諌めるように俺は呼び掛けた。だけど律花は話すのを止めない。
「そう言えばクラスの子達も、頼の事狙ってるみたいよ?あんたってモテるんだねぇ、意外と。」
「律花っ!」
つい反射的に、さっきよりきつめの口調になってしまった。律花はビクッと肩を揺らし、口を閉ざす。
(違う…)
腹が立ったのは、“律花に”ではなくて。
そんな台詞を言わせてしまった自分が不甲斐なくて。
(…そんな顔させるつもりじゃなかったんだ。)
「な、何よ?」
強がった律花が、喧嘩腰で問い掛けてくる。だけど作り笑顔も完全に無くし、揺れる瞳が…怯えているようにも見えた。
「ごめん、何でもないんだ…」
俺が苦笑いでそう呟くと、「なにそれ」と律花はつられたように苦笑した。そんな律花に、俺は少し救われた。
(何でもない…)
ただ、西野が律花に接触したんじゃないかとそれが知りたかっただけで。
だけど何も知らないなら…―――もう触れない。
(もし知られたら…―――また君は・・・黙って俺から離れていってしまう気がして。)
「帰るか、」
「え?でもまだ“話したいことが”とかって…」
教室を出かけた俺を、律花が引き留めるように言った。
“話したいこと”―――それは俺が、君を好きだってこと。
だけど、今はこのままがいい。
もう少し、時間をかけて…ゆっくり歩み寄れたらそれで。
だから今は、胸の内に秘めておこう―――言葉を口にしなくても、律花に伝わっているならそれでいいんだ。
「――――ああ、そうだった」
白々しく、今思い出したような素振りで振り返ると、俺は鞄からスマホを取り出した。
「律花のlineアド教えて。」
「ちょっとぉ!そんな事の為に、私は待たされてたわけ?」
ホッとしたような顔で、律花が文句を言う。だけどその手にはスマホが握られていた。
そんな彼女に、思わずふっと笑みがこぼれる。
「だって俺、律花の連絡先知らなかったし。―――“友達”なんだろ?俺達」
そう言ったら、律花が嬉しそうに笑った。