29
一時間目の授業は、体育。
更衣室で着替え終えるのと、私が昨日の出来事を話し終えるのはほぼ同時だった。
「・・・・律花、」
パタン、とロッカーの扉を閉めると、里桜が憂いのある大きな瞳を、長い睫毛でふせて隠す。
ついでに派手なため息付きという、なんとも悩ましい表情。
「里桜?どうした?」
「“どうした”、じゃないよ…っ」
心配しただけなのに、噛みつかれそうな勢いで里桜が私に言う。
(里桜、なんか情緒不安定じゃない?)
「“田端くんのこと”なんて、今更すぎるし!」
「今更って・・・」
怒りに任せて里桜が、吐き捨てるように言うから私はあきれてしまう。
(ん?)
なんかー―――今、さらっと…言わなかった?
(“今更すぎる”…って、――――え?)
それって…。
田端くんが…私を好きとかいう…それ?
変に意識して、顔が赤くなる。
―――待て、待て、まさか。
田端くんに言われた訳じゃないんだから、まだそうと決まったわけじゃないんだから。
必死に平常心を保とうとしても、顔の赤みが引いてくれない。むしろ、どんどん赤く、熱を帯びていく。
「ああ…もう。私が期待してたのはそっちじゃないのになぁ…」
頬を隠すように手で覆う私に、里桜が残念そうに呟く。
「そっちじゃない、って何よ」
私が聞き返すと、里桜がもどかしそうに私を見つめる。
そして、ゆっくり口を開く。
「赤下だよ・・・」
「へ?」
脳内が田端くんで一杯だったところに、里桜が突然頼の名前を出してくるから、もはや処理しきれず。私は何とも間抜けな反応をしてしまった。
――――それが、里桜のイライラを募らせてしまうとも知らずに。
「赤下は律花が好きだって言ってるの!」
「なっ…!」
(突然、何を言い出すんだこの子は!)
心臓が飛び出しかけて、思わず胸を押さえる。
(冗談にしても、破壊力ありすぎるから!)
「なんで気付かないかなぁ・・・逆に。」
里桜が不思議そうに呟く言葉が、私の左耳から右耳へと通り抜けていった。
いやいや。
それこそ、あり得ない。
あり得ないよ、それは。
「だって私、“好きじゃない”って言われたんだよ?」
自嘲気味に笑いながらそう言う私に、隣を歩く里桜は真顔になると、言った。
「一体いつの話よ、それ。っていうか、それ本当に赤下の本心だと思ってた?」
ふと、この間言われた頼の言葉が…脳裏をよぎる――――。
『“あの日”、なんで俺があんなこと言ったのか…とか、律花は一度も聞かなかった。』
(もう、虐めないで――――・・・)
耳を塞いで、その場にうずくまりたい。
ここから…逃げ出したい。
そんな私に里桜は一言、追い討ちをかける。
「・・・思ってないよね?」