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「ちょっと、待ってよ…っ!」
スタスタと前を歩いている頼に、私は追い掛けながら声をかけた。
(足、早っ…)
あいつの足が長いからなのか、小走りな私がなかなか追い付けない。
…―――何でだろう、前を歩く頼の大きな背中が。
追い付けないこの距離が…。
私をより、不安にさせる…―――。
「頼っ…!」
もどかしさから名前を呼ぶと、頼はようやく足を止めた。
「どうしてそんな勝手な、…の?」
こちらを振り返った頼が不機嫌極まりない表情で私を見つめてくるから、思いがけず語尾が弱くなってしまった。
「な…何よ、」
なんで私が怯まなきゃならないのよ…っ!?
文句あるのはこっちなんだからね…っ!?
「・・・ごめん。」
(…へ?)
目をそらしながらだったけれど、頼があまりに素直に謝るから拍子抜けしてしまった。
「ほ、本当だよ!部活あるなら一言声かけるぐらいしなさいよね。昨日だって・・・」
昨日のことまで口から出かかって、私はすぐに口をつぐむ。
(昨日だって、なにも言わずに居なくなってるし…)
「それ、貸して」
頼が言うが早いか、私が抱えていた残り半分のしおりを自分の抱えていたしおりと重ねて、全て抱え直す。
「あ…りがと。」
予想外なことばかりで、お礼の声がうわずってしまう。
(こういうところは、変わってないんだ。)
私の知ってる頼がそこにいて、なんだか少しホッとして…嬉しかった。
「――――バスケ、すきなの?」
職員室までの残りの距離を歩きながら、手持ち無沙汰な私はふとジャージ姿の頼に訊いてみた。
「あれ?俺バスケ部って話したっけ?」
少し驚いた表情で、頼がこちらを向いた。
私はなんとなく目をそらす。
「・・・さっき、田端くんから聞いた。」
「…何、拗ねてるの?」
(わっ)
「す、拗ねてません!」
頼が急に顔を覗き込んでくるから、過剰に反応してしまった。
「ふーん」
そう言いながら前を向き直り、歩き出す頼の横顔をちらりと見て、私は訳がわからず戸惑った。
(なんで…―――)
さっきまで不機嫌だった気がしたのが嘘みたいに、今は機嫌が良いのが分かる。
(本当に、分からないやつ…)
「律花は部活やらないの?」
逆にそう訊かれて、私はすぐに答える。
「やらない。私、高校入ったらバイトとかしたいと思ってたし。」
「え?バイト?何の?」
食い気味に、しかもすごい勢いで聞いてくるから、私はつい噴き出してしまった。
「―――なんでそんな食い付くのよ。まだ何にも考えてないし。夏休みぐらいからやろうかなとか思っては…いるけど…」
やってみたいとは思っているけれど、一人で新しいところに踏み込むには勇気が要る。
だからまだ私は踏み出せていない。
「学業との両立なんて、出来んの?律花、勉強で手一杯なんじゃね?」
頼がからかうように薄笑いを浮かべてこちらを見てくる。
「失礼な!私これでも平均点は取れてるんだからね?」
「ふーん。まぁ、勉強に困ったら教えてやるよ」
「は?だから、困ってないってば!頼こそ部活ばっかで勉強が疎かになるんじゃないの?」
「俺、中学ん時学年上位キープ出来てたけど?」
「…あっそ。」
(なんだろう、なんかムカつく。)
だけど、この会話のテンポが、楽で、心地好い。
ムカついているはずなのに、胸の鼓動の音が恐ろしく甘く響いてる。
(調子、狂うなぁ…)
職員室に着くと、百田先生が頼の姿に驚いた顔をした。
「ありがとぉ!助かったわ…―――ってあれ?そういえば赤下くん部活は?」
しおりを先生のデスクに置きながら、頼が答える。
「途中抜けてきました。だけど田端くんと青島さんが既にやり終えてくれてて。俺はここまで運んできただけなんですけど」
(え。抜けて…?)
「へぇ、田端くんが…。そうだったの。青島さんもご苦労様!じゃあ気を付けて、帰ってね」
「はい、さようなら」
失礼しました、と頭を下げてともに職員室を出た。
「部活、抜けてきたの?」
「うん。だから、待ってろよ。」
半歩前を歩く頼に、私は声をかけると、頼がこちらを向かずに言った。
「な、何で私が…」
そう言いかけた私を、振り返った頼が無言の圧力でねじ伏せた。