21
「赤下くんは手伝わないんだ?」
「本当にねっ!」
作業しながら、私は感情を込めて田端くんの言葉に激しく同意した。
「…ったく、無責任だよね!」
田端くんが、私の文句に苦笑しながらも手を休めることなく言う。
「確か彼、部活やってたよね?…バスケ部だっけ?」
「バスケ…?」
思わず、ホチキスを持っていた手が止まる。
「うん。木下と話してるの聞こえたよ、中学からバスケ部なんだとか。確かに赤下くんて背高いし、バスケやってそうだよね」
そう言って、無邪気に田端くんが微笑む。
「・・・・」
(――――…知らなかった。)
中学からバスケ部に入ってたことも。
高校でバスケ部に入ったことも。
(・・・思い知らされる。)
私の中の“赤下頼”は、小学生のままで止まってしまっていること。
「青島さん?どうかした?」
田端くんが私を心配そうに覗き込んでくるから、私は慌てて笑顔を作る。
「え?…あ、ううん。何でもない。」
私の手に持っていたしおりが最後の一部だったらしく、それ以外はすでに田端くんがまとめてくれていた。
「それよりごめんね田端くん。関係ないのに、手伝って貰っちゃって」
最後の一部をホチキスで止めながら、私は田端くんにお礼を言おうとした…―――その時だった。
「関係なくないよ…」
そう言った田端くんの声が、ほんの少し震えていた気がした。
(え?)
そんな少しの違和感が気にかかって、私はふと顔を上げる。
すると、田端くんがまるで意を決したかのような眼差しでじっと私を見つめていた。
「青島さん、実はお…―――」
深刻そうに、田端くんが口を開いた瞬間。
勢いよく、教室のドアが開いた。
あまりに突然で、しかもドアの開け方が勢い良すぎて私も田端くんも、肩がビクッと揺れた。
「律花、まだ仕事残ってる?」
勢いよく教室に入ってきたのは、―――ジャージ姿の頼だった。
「…もう、残ってないよ。田端くんが手伝ってくれたから」
一瞬、頼と目が合って私はすぐに逸らした。
今日、初めて目が合って。今日初めて言葉を交わした。
それだけで、勝手に目が潤んできたなんて絶対認めたくなかった。
「…へぇ。」
頼は低い声で短くそう返事をすると、出来上がったしおりを半分手に持ち、田端くんに顔を向ける。
「田端くん、わざわざありがとう。じゃあ後は俺達で、これ職員室に持っていくから。」
私の隣に座っていた田端くんに、頼はにこやかに言った。
「ちょっと!」
私は黙っていられずに声を荒げた。
(―――何勝手なこと言ってるの?)
しかもなんなの、その胡散臭い笑顔は…!
「終わった頃に来て、まるで自分がやったみたいに職員室に持っていくわけ?ほとんど田端くんがやってくれたのに。」
私が椅子から立ち上がってそう食って掛かると、頼が口の端を上げたまま言った。
「田端くんには感謝してるよ。先生にも、正直に話す。それにほら、律花も先生に報告がてら持っていかないとだろ?」
そして、言葉を発せずにいる田端くんに視線を戻した。
「じゃあ田端くん、ありがとな!バイバイ。」
そこまでは笑顔だったのに、田端くんから視線を外し教室を出ていく瞬間、頼が苦々しく眉を寄せたのを、見た。
その表情を目の当たりにした瞬間、私は自分の鞄と、残り半分のしおりをその手に抱えていた。
「―――田端くん、今日は本当にありがとう。助かった!また明日ね。」
早口でそれだけ捲し立てて、すぐに私は頼の後を追いかけていた。
「…あ、うん。どういたしまして」
唖然としたままの田端くんの、そんな小さな声が廊下を出たところで聞こえてきた気がした。