16@頼視点
『律花ちゃんは赤下のこと好きじゃないって』
忘れもしない…あれは小学校六年生の時だった。
たいして話したこともなかったクラスの女子にそう言われた時、初めて“ショックのあまり言葉を失なう”という経験をした。
律花ちゃんが俺を、“幼馴染み”として「好き」だと思ってくれていることは分かっていたつもりだった。―――そこに、“異性”としての気持ちが入っていないことも。
それなのに、第三者からそうハッキリ告げられた瞬間、俺は失恋したようなショックを受けたのだ。
『田端くん、良い人だよ。いつもすごく親切だし、他の男子みたいに変なことで騒いだりしないし』
――――ああ言った時の彼女の表情は、俺に、あの時と同じぐらいのショックを与えた。
田端くんは、彼女に信頼されている。
間違いなく、彼女に好感を持たれている。
(あの表情を見れば、一目瞭然だ…。)
『つうかあいつら、付き合ってるんじゃね?』
昨日の木下の余計な一言まで勝手に思い出されて、俺は自らトドメを指した。
(ああもう…っ!ショックがでかすぎるって…)
悠くんの部屋の、悠くんのベッドで一人悶え苦しんでいると、コンコンとドアをノックする音がした。
ドアが少し開き、律花ちゃんが遠慮がちに顔を覗かせる。
「…熱、下がった?」
熱は下がったけれど、気持ちは全く晴れない。
「ああ…」
俺は律花ちゃんから目をそらし、力なく答えた。
「シャワー入るんなら、バスタオルと着替えここに置いておくから」
そう言いながら、ベッドの端にバスタオルと着替えを置いてくれる。
その何気ない仕草すら、俺の心を波立たせる。
今この瞬間は、俺と居るのに。
手を伸ばせば、君は…―――俺の手の届くところに在るのに。
そんな切ない思いが、喉の奥でグッと詰まる。
「律花…」
「ん?」
名前を呼べば、無意識に顔をこちらに向ける彼女。
そんな彼女に、俺は小さな声で言った。
「俺も…好きだったよ」
「なっ!?」
律花ちゃんは、明らかに動揺した。
その反応で彼女の気持ちを探る自分は卑怯だと思う。だけど、そうでもしないと…俺の脆い心は碎け散ってしまう。
(分かってる…)
だから、自分が傷付かないためにわざと少し間を開けてから、この一言を付け加える。
「…――幼稚園のとき。」
(…聞いていたから、さっきの弥生さんとの会話全部。)
「お、驚かせないでよ。知ってるよ、そんなの。」
俺の付け足した言葉に、律花ちゃんが安心したように胸を撫で下ろすのを…見た。
その訳は、考えずとも分かっている。
(なぜなら君は、田端くんが好きだから。)
「…どうして気持ちって変わっていくんだろうな」
俺の心からこぼれた呟きは、律花ちゃんの耳には届かない。それぐらい小さな声だった。
俺が自分の本当の気持ちにもっと早く気が付いていれば…―――せめて律花が、田端くんに出逢うより前に。
(だけど…もう遅かった…)
君の、僕への気持ちは既に“過去”のものだと。
今日、その現実を突き付けられた。
(…俺の気持ちは、まだここに在るのに。)
「…ねぇ。そんなことより、何を無理してるのか知らないけど疲れるだけだからやめれば?」
律花が素っ気なくそんなことを言うから、俺は言葉を詰まらせた。
なんと答えればいいのか、咄嗟に良い答えが見つからなかったのだ。
「・・・・」
(“やめれば”って…律花ちゃんがそれ言う?)
無理してでも、君の理想に近付きたいと思った。
“あの時”の言葉を、取り消して…もう一度、やり直したいと。そう願っていた。
ベッドから降りてバスタオルと着替えを手に取ると、俺はドア付近に立っていた律花の横をすり抜け部屋を出た。
「シャワー、…入ってくる」
――――そう言うのが、やっとだった。