15
「だ、か、らぁ!何にもないって言ってんでしょ!?」
さっきから何度も必死にそう言っているのに、なぜ伝わらないのだろう。
「はいはい。分かったわかった。」
嘘つき。
そんなこと言って、完全に聞き流してるよね?
っていうか、なんでそんなニヤついてるの青島弥生は!
―――頼の体調が気になって、自分の部屋とリビングを何度も行き来していたのは認める。
だけど別に、母がニヤつくような展開には断じてなっていない。
たまたまリビングで頼の額に手を置いたところを買い物から帰ってきた母がちょうど目撃しただけなのだ。
(なのに、絶対勘違いしてるし…っ!)
「で、熱はまだありそうなの?一応舞さんには連絡しといたけど」
「さぁ?どうせまたなんか無理してたんでしょ?自業自得じゃん」
無愛想にそう返事をすると、母が呆れた顔をして私を見る。
「…あんたって、本当に素直じゃないのねぇ」
「なにが?」
ため息混じりにそう言ったかと思えば、今度はニヤリと笑う。
(――――嫌な、予感…)
「何がって、…好きなくせにぃ!」
「んなっ!!!!」
“好き”の言葉に、心臓が思いっきり跳ねた。飛び出たかと思うくらいだ。
「は、はぁ?それどんだけ過去の話よ!?」
寝てるとはいえ、本人がいるところでなに突然実の娘に爆弾投げてきてるんだ、うちの母は!
驚きすぎて、声が裏返ったわ!
こっちが今どれだけ心臓バクバクなのか、きっと母は知らない。
それどころか、私の言葉が想定外だったらしく目を見開いている。
「え?そうなの?」
「そうだよ、そんなの幼稚園の頃の話で…―――」
私が言い終わらないうちに、母が私の肩越しに声をかけた。
「あ、頼くん起きた?大丈夫?」
母の言葉に、私はまた心臓が跳ねた。
(う、うそっ!?今の…まさか聞いてた?)
話題が話題だったから、反応に困って後ろの頼を見れない。
「はい。だいぶ良くなりました。すみません、突然お世話になっちゃって…」
頼の声が、さっきより落ち着いていてホッとする。
その穏やかな口調に、先程怒っていた気がしたのは気のせいだったのかと二重の意味で安心した。
「全然!いつでも来てよ、また律花と同じ学校なんだし。」
母がそう言って頼に微笑む。
私はその隙に、この空間からの脱出を謀る。
母がなんと言おうと、私は頼と以前のように付き合うつもりはない。
(私とは、もう関係ないんだから…)
―――本当は、頼だってそう思っているに違いない。
「夕御飯のおすそわけも、ありがとう弥生さん。…じゃあ俺、帰ります」
リビングを出ようとしたところで、そんな声が聞こえてきた。
(あ、帰るんだ・・・。)
何故だかほんの少し、胸がチクンと痛んだ。
(まぁ、そうだよね。当たり前じゃん)
ここは私の家で、頼の家ではない。幼馴染みとはいえ、私と頼はもう仲良くもないし。
そう思っていた矢先ー――――
「ダメダメ!今日はこっちに泊まっていきなさい?また熱が出ても困るし。」
「は?」「えっ!?」
母の思いがけない言葉に、リビングのドアノブに手を伸ばしていた私と、ソファーから起き上がったところの頼の声が同時に出ていた。
(ちょっと!!また何言い出すんだ、この親は…っ。)
「着替え、悠のでよければあるし部屋も悠のベッド使ってくれたらいいから」
悠は私の年の離れた兄。
今は大学生で他県にいるため、この家にはいない。だから兄の部屋を使うのは、問題ない。
(―――だけど、私には大問題だよっ!)
断れ、断れと頼に念を送っていると、後ろから頼の声がした。
「・・・すみません、じゃあ…」
(えっ!?―――と、泊まるのっ?)