120、頼視点
『律花、ずっと一緒にいような』
寂しい思いをさせたくなかった。
悠くんが居なくなって心に穴が開いた律花を。
悲しい心を圧し殺そうとする律花を。
救いたかったんだ、俺が。
俺が居るから。
悠くんの代わりに、ずっと。
だから笑ってよ。
俺だけに、笑って。
「引っ越そうと思うの」
「は?」
夏休みも終わりに差し掛かった、ある朝。
珍しく家にいた母が朝食を片付けながら突拍子もないことを言い出した。
単身赴任していた父からこの家を売って、今単身赴任をしている他県に一緒に住まないかと提案されたのだとか。
「無理。高校入ったばっかりなんだぞ?だいたい母さんはほぼあっちにいるんだし、現状の何が不満なんだよ」
これは、ワガママなんだろうか?
いや、違うはずなのに言えば言うほど言い訳みたいに聞こえてなんだか胸くそ悪い。
だけど、嫌なものは嫌だ。
律花と離れるなんて、絶対に嫌だ。
(───約束、したのに・・・・)
「頼ったら・・・・そんなにここに残りたいの?」
母は口元に笑みを浮かべながら困ったようにそう訊ねる。
「当たり前だろ!?」
「・・・・そう。それならもう一度パパに相談してみるしかないわね」
不穏な空気。
嫌な予感。
「俺、出掛けてくる」
それらを振り払うように俺は家を出た。
“引っ越し”?
(─────そんなの、)
“転校”?
(────考えられないだろ・・・・)
ドクンドクンと胸が嫌な音をたてる。考えたくもない現実を突きつけられたことを思い知らされる。
「────頼・・・っ!」
声がして振り返ると、息を切らせてこちらを追ってくる律花の姿があった。
「・・・・律花、どした?」
今日は笹野と遊ぶ約束をしていたはず、もしかしてちょうど出掛けるところだったのか?にしては足元のサンダルがクロックスのラフなものだ。
「いや、別に──。それより頼はどこ行くの?今日、部活は?」
「あぁ、今日は午後練だから───・・・・」
「あ、そっか。昨日そう言ってたよね。ごめん、なんか───」
「ん?」
「頼が、家を飛び出したの見かけたから────何かあったのかなって・・・」
律花の声はだんだん小さくなって最後は全く聞こえなくなった。
だけど、気持ちは伝わってきて胸が熱くなる。
(心配して、追いかけてきたんだ?)
「いや、急にどうしてもアイスが食べたくなって。心配すんなよ、律花の分も買って来るから」
わざと明るく振る舞う。
いいんだ、律花は─────何にも心配しなくて。
「え、いいよ別に」
「いいから。あ、支度の途中だったんだろ?戻って支度しなよ、笹野が待ってるぞ?」
「あ、そうだった。・・・じゃあまた後で」
名残惜しそうな律花の背中を見送って、俺は一人歩きだす。
心の中には、考えるまでもない結論が出ている。
(絶対────嫌だ。)
律花との時間も。
律花の隣も。
(───手放すことなんか、出来るわけないんだ。)