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まるで言葉を知らない子供みたいに───引き留める言葉も出てこなくて。
『────律花・・・じゃあ、な』
ただ呆然とその場から立ち去る兄の背中を────じっと見つめていた。
「律花ちゃん!」
それが自分のことだと気づくまで少しかかった。
呼ばれた方に顔を向けるといつになく真面目な表情をした知哉さんが傍に立っていた。
「悠は?」
「あ、なんか・・・帰っちゃった」
自分の気持ちを見透かされないように笑ってみせると、なぜか知哉さんが少し表情を曇らせる。
「・・・そっか」
「それより知哉さん、頼と里桜は?一緒じゃなかったの?」
「あー、なんか二人連絡先交換とかしててさ。それより律花ちゃん独りの姿が見えたから気になって。」
「え・・・」
知哉さんのさらっと言った言葉が、胸に引っ掛かる。
連絡先・・・?
頼と里桜も小学生の時からの友達なんだし別にいいはずなのに────・・・もやもやする。
(心狭いなぁ、私。)
「・・電話してみます」
頼に電話をかけようと巾着からスマホを取り出す私に、知哉さんが言った。
「彼氏くんさぁ─────律花ちゃんのこと大好きだよな」
「は?な、なんですか急に」
「いや、俺にはない感覚だから新鮮だなぁって」
どこか遠くを眺めながら、知哉さんが笑う。
「知哉さんも、きっと現れますよ」
「え?」
「──“特別だ”って、思えるヒト」
今は“女はみんな同じだ”って思っているのかもしれないけど。
知哉さんだって、そういう存在に出逢えるはずなんだ。
・・・きっと。
「ありがとう」
知哉さんが嬉しそうに笑った。いつもみたいな作った感じではなくて───心からの笑顔で。
(そういう表情も、できるんじゃん・・・)
知哉さんにつられて笑顔になった、その時。
私の肩を誰かが後ろからつかんできて─────振り返る前に、それが頼だと分かった。
息を切らせてやって来た頼と、その後ろから下駄を鳴らして必死に追い掛けてくる里桜の姿。
「頼、里桜・・・」
「やっと見つけた!」
「律花ちゃん探したよぉ」
二人揃って息を整えてるのを見たら・・・少し───嫉妬した。
「じゃあ俺、悠のとこ行くわ」
「え?」
入れ違いにあっさり帰ろうとする知哉さんに拍子抜けしてしまう。
「悠、今頃どっかで呑んでるだろうし」
(お兄ちゃん・・・・)
さっきの兄の言葉をまた思い出して、塞ぎこむ私の頭をぽんと撫でて知哉さんが言った。
「またね、律花ちゃん里桜ちゃん」
「あ、はい・・・」
軽く手を振る私の隣で、頼が不機嫌そうにぼそりと呟く。
「俺のことは無視かよ・・・・」
「じゃあ、行こっか!」
気を取り直してそう明るく声をあげる私に、里桜がわざとらしく大きな声を出す。
「ああー!そうだ忘れてた!私、虎ちゃんと約束してたからそろそろ行かなきゃ!」
「「え?」」
「律花、また遊ぼうねぇ!赤下、感謝しなさいよね!」
頭がついていかなくて唖然としている間に、里桜もそそくさと居なくなってしまった。
(え、二人・・・・きり!?)