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浴衣を着たら、頼が可愛いって言ってくれるかもしれない。
髪を編み込みにしたり、花飾りを添えたりして────。
柄にもなく、女の子らしいことをした。
(私だって・・・楽しみにしてたんだよ。ねぇ、頼・・・ )
不機嫌そうな頼の少し後ろを歩く。浴衣の裾が邪魔をして・・・・歩幅はいつもみたいに頼に追い付けないでいた。
「待ってよ、頼」
勇気を出した私の言葉は人混みに紛れて、消された。
ここの夏祭りは、花火もかなりの数打ち上がるから地元の人だけでなく隣の市などからも人が集まってくる。
だから出店とかは特に、人でごった返していた。
人の波に押されて見失わないように、頼の手をとろうとしたその時、人に押されてバランスを崩した私は前のめりに転びかけた。
「きゃ・・・っ」
咄嗟に伸びてきた手に掴まって、転ばずにすんだ私は「ありがと」と言いながら顔を上げて、目を丸くしてしまった。
「・・・あ、」
「頼だと思った?」
「別に・・・?」
からかうように笑ってお兄ちゃんが言った。
図星だったからなんだか恥ずかしくなって、ついそっぽを向いてしまう。
「それよりみんなは?」
「すぐそこにいるんじゃないか?まぁ、はぐれたとしても里桜ちゃんには知哉がついてるし大丈夫だろ。」
(えー・・・それ、全然大丈夫に聞こえないんだけど。)
「律花、俺・・・・」
「ん?」
何気なく顔をあげたら、背の高い兄の顔が少し近くにあってこちらを見下ろしていた。人混みの騒がしさで聴こえにくいからだろう。
「・・・明日、帰るよ」
「・・・そっか」
結局全然、家でも会わなかった。
(同じ屋根の下にいたはずなのに全然・・・─────)
「───お母さん達にも会えた?」
「母さんにも父さんにも会ったよ。会って話したから・・・・就職のこと」
「・・・・そっか」
ぐっと心に落ち込んだものを押し込める。
淋しくないと言えば嘘になる。
でも兄の決めたことなら、妹の私には口出す権利なんてない。
大学進学のときに、そう決めたんだ。
兄離れ、しなきゃって。
(────分かってるよ、もう子供じゃない。だけど、)
「たまにはこうして帰ってくるよね?」
すがるような想いを隠して、さりげなくそうたずねると兄はやわらかく目を細めた。
「そーだな、仕事が落ち着いたら・・・かな」
「うん」
「・・・・アイツと仲良くな」
「えっ」
“アイツ”が誰のことを指しているのか分かって心臓が跳ねた。
「・・・・う、うん」
動揺しながらそう返事をした時、小石に躓いてバランスを崩してしまった。
「危な・・・っ」
「あ、ごめんねお兄ちゃん」
また兄が助けてくれて転ばずにすんだ。
「ありが・・・」
兄が私を抱き止めるような格好になってしまい、すぐに身体を離そうとしたその時────なぜか兄の腕に力が込められた気がして私は顔を上げる。
「お兄ちゃん?」
「────律花」
その言葉は、耳元で言われたはずなのに───まるで幻聴みたいに小さく聴こえた。
「・・・じゃあ、な」