106@頼視点
『ちょっと、いろいろあって』
律花の沈む声が、ずっと頭から離れなかった。
(───“いろいろ”って?)
気になってるくせに言葉を濁した律花に、────意気地無しの俺は聞けなかった。
部活帰り律花の家の前に差し掛かると、青島家の門を入っていく人が目にとまって思わず立ち止まる。
(────あれって、もしかして・・・・ )
見覚えのある後ろ姿、だけど雰囲気が違う気がして・・・・俺は半信半疑で声をかけた。
「─────悠くん?」
振り返ったその人が、俺を見て一瞬怪訝そうにする。
「────ああ、頼か?誰か分からなかった」
そう言って笑う悠くんは、俺の知ってる悠くんとはどこか違う気がした。
高校生の時は、短髪だったからか?
あんなに爽やかだったのに、今の悠くんは無精髭に長い髪。
正直、似合わない風貌だった。
「背、伸びたんだな。チビだったのに」
「チビって言うなよ」
俺に近づいて背丈を比べながら悠くんが言った。
悠くんに背が追い付いたことが分かって、嬉しくなる。
────悠くんは、俺の目標だったから。
「律花ちゃんなら、いま留守だよ」
「知ってる、向こうで会ったからな」
「え?」
(会った?“向こう”って────まさか。)
「・・・笹野の別荘で?」
「そう里桜ちゃんのね。驚いたよ、まさか遭うなんて思ってなかったから」
悠くんが、複雑な笑顔を浮かべる。
「そう、なんだ・・・・」
まるで頭を殴られたようなショックで、クラリとした。
『いろいろあって』の色々は、悠くんに会ったこと?
それなら、なんで話してくれなかったんだろう?
俺だって悠くんのことは昔から知ってるのに。
なんでも、話して欲しいのに。
「律花と付き合ってるんだって?」
「あ、」
悠くんの言葉に、ドキッとした。
聞いたんだ?
身内にバレるって、なんだか気恥ずかしいな。
まぁ、悠くんは俺の気持ち知ってたから今さらだろうけど。
「順調?」
「さぁ、どうだろ」
照れ隠しにそっけなく返すと、悠くんが笑った。
「は、なんだそれ」
「まぁ、良かったじゃん」
そう言って、俺の頭をぐしゃっと撫でる。昔したみたいに。
「ガキ扱いすんな」
「ガキだろ?まだまだ」
俺が頭の手を払い除けると、悠くんが真剣な声で言った。
「律花泣かせたら、マジ許さないからな」
(そこは変わってないんだな・・・・やっぱり)
悠くんは、ずっと離れてても小さい妹の律花のことが大切で。
律花は昔から、そんな優しい悠くんのことが大好きで。
俺はそれを、少し寂しい気持ちで眺めてた。
律花も、悠くんも、俺と仲良くしてくれていたけど。
兄弟みたいにいつも一緒にいたけど。
やっぱり血の繋がりには勝てなくて────二人の間には、入りきれない絆があった。
「うん。大切にする」
律花にも悠くんにも絶対言わないけど、俺の理想像は悠くんだ。
俺は悠くんみたいな、完璧な高校生になりたかったんだ。
律花の憧れてる、悠くんみたいに。




