105
「今日は何しよっか?」
別荘での滞在最終日である翌日、里桜が言った。いつもみたいに明るく────笑顔で。
「律花は明日には帰っちゃうし、やりたいこと何でも言って!あ、海は?まだ見てなかったよね?」
“いつも通り”に振る舞う里桜に、私も合わせて笑顔を見せる。
「じゃあ、───海が見たいかな」
「じゃあ決まりね!」
里桜が今どんな気持ちでいるのか、分かるようで分からない。だけど里桜がいつも通りなら、私もそうあるべきだと感じた。
「そしたらまた俺も護衛についていかないとな」
私たちの背後から声がして振り返ると、金澤さんが立っていた。
「え、金澤さんも?」
「知哉でいいよ」
穏やかににっこり笑う金澤さんはやっぱり大人だなぁとついそんなことを思ってしまう。なんていうか、雰囲気が落ち着いていて────。
(お兄ちゃんみたいだ・・・・)
そんなことを無意識に思っていると、隣の里桜が笑顔で毒を吐いた。
「知哉さんてぇ、──暇なの?」
「あ、バレた?」
里桜の言葉にも、知哉さんがわざとおちゃらけて笑う。
「でも、君たち二人だと絶対ナンパされちゃうよ?」
「・・・・・」
そんなことありませんと即答出来ない。
里桜も反論しないところを見ると、身に覚えがありまくりなんだろう。
そう、私は大丈夫なんたけどやっぱり里桜が、ね。
里桜を放っておく男の人ってなかなか居ないんだよなぁ。
本当にその辺のモデルよりアイドルより可愛いからね・・・。
「車も、出すよ?」
いよいよ反論する理由もなくなり、私たちはおとなしく知哉さんの車で海へと向かった。
「知哉さんは、いつから彼女いないんですかー?」
私とならんで後部座席の里桜が、突然そんな質問を投げ掛けた。驚くほどの、棒読みで。
「お!里桜ちゃん、やっと俺に興味持ってくれた?」
「いえ、全然。」
窓の外を眺めながらあっさりそう返す里桜の態度に、少し知哉さんが気の毒になって私はつい口を挟んでしまった。
「でもモテそうですよね、知哉さん」
「ていうかチャラそう」
「ちょ、里桜!?」
私のフォローも虚しく里桜によって被せられて。
私は思わずため息をつくと、運転席の知哉さんが笑った。
「あはは。失礼だなぁ、里桜ちゃん!」
さっきから不機嫌そうに毒を吐く里桜に怒ることもなく、知哉さんは笑いながら明るく続けて言った。
「でも正解かも。俺は悠と違うからね」
(え、お兄ちゃん?)
なぜそこで兄の名前を出すのか分からなかったけど、今の里桜に兄の名前はNGワードだと思うから私は何も聞かずにいた。
「まぁ、俺の場合はただ一人に絞りきれないからだけど」
「え、やっぱチャラいじゃん」
「そうなの?だって女の子ってみんな可愛いから同じに見えるんだよね」
笑顔でそんな台詞をサラッと言ってしまう知哉さんは、爽やか詐欺だ。
「うーわー、サイテーー」
里桜がそう言うのも頷ける。
────まぁ、かなり刺々しいし、あまりに露骨過ぎるけど・・・・。
「さ、着いたよ」
私と里桜が引いてるのを知ってか知らずか、知哉さんはそれで話を終わらせた。
(うわ、本当に海に着いたー!)
潮の香りと波の音。
足元には、広がる砂浜。
海に来たのはいつぶりなんだろう。
まだ幼い頃に家族で一度来たらしいけど、私は記憶にない。
(初めて来た、って感じ)
「水着ないし、ちょっと足まで入ってこうよ」
里桜の提案に、私は笑顔で頷く。知哉さんは行っておいでと言って、少し離れた土手に座った。
(里桜と二人きりにしてくれたのかな?)
「冷たくて気持ちいい」
「あ、本当だ!」
「あ、貝殻!見てみてー!律花ちゃんほら、可愛くない?」
「かわいいー」
「あ、波!」
「濡れるー」
キャアキャアはしゃいで里桜と笑い合って。
心から楽しかったから、私は里桜に言った。
「────里桜、ありがとう」
「え?」
「私を連れてきてくれて。里桜とこうして過ごせて嬉しかった」
「そんなの、私もだよ」
小学校で出会った私たちは、いつもずっと一緒だったけど。
夏休みも毎年、一緒に遊んだりもしていたけど。
この夏は、一番濃くて楽しかった。里桜のこと、少し知ることができて・・・・距離が縮まった気がして嬉しかった。
「地元帰ったら連絡するね!」
「うん」
里桜はあと数日ここに滞在するから、明日はわたし一人で帰る。
「帰ったらまた遊んでね?」
「もちろん!」
「赤下とばっかり予定詰め込まないでよぉ?」
里桜がニヤニヤしながら突然そんなこと言うから、言葉に詰まった。
「そ、んなことしませんんっ!」
「どうだかなぁ」
私をからかって笑う里桜は、眩しいほどキラキラしてて、────やっぱり可愛かった。