11
―――休みなら、頼に関わることもない。
数時間前、私は確かにそう思っていた。
(―――なのに、何でこうなった…)
赤下家の前で立ち尽くす私は、思わず深い溜め息が漏れる。
赤下家の呼び鈴を鳴らせずにいること5分。
――――事の発端は、母の言動だった。
『律花、暇ならこれ届けてきて?』
リビングに顔を出した昼下がり、母が言った。
『ええ?私これから出掛けようかと思ってたんだけど』
パーカーにジーンズ。お洒落とはかけ離れた格好の私は眉間にシワを寄せて答えた。届け場所までは聞いてなかったが、とりあえず面倒事であるというのは察したからだ。
それなのに母は、私の言葉を聞くなり、それはちょうど良かった、という顔をして言った。
『じゃあそのついでに、頼くんのとこ寄って行ってよ。』
母の口からその名前が出てくるとは思わず、私はピシリと石化した。
『な、なんで急に―――』
(頼の名前が…―――?)
中学にあがると、母の口から頼の名前が出ることはなかった。あんなに親同士仲が良かったのにと不思議に思いもしたが、自分にとっては好都合だった為敢えてそこに触れることもなかった。
だからこの時、あまりに自然に頼の名前が出てきたことに私は戸惑いを隠しきれずにいた。
『だって、また同じ高校だし。しかも同じクラスでしょ?これから、また仲良くできるじゃないの』
『む、ムリムリ。別に同じクラスになったって、私話したことないし』
咄嗟にそんな、嘘をついていた。すると、母が呆れた顔をして言った。
『何言ってんの?頼くん、昨日の朝も待っててくれてたでしょう?』
(見てたのか…)
『今、頼くんのとこお父さんが単身赴任でいないのよ。それに舞さんもついて行ってるから、今家に頼くん一人なの。だからほら、夕御飯持っていってあげなさいよ』
(舞さんも…。)
舞さんは頼の母親で、専業主婦。
そして誰より、旦那様を愛する一途な妻である。
――――そして結局断りきれず、夕御飯をタッパーに詰め込んだものを紙袋に入れて持たされて、私は今赤下家の前に立ち尽くしているのだった。
(せっかく駅前の本屋に、行こうと思ってたのに…)
何だかもう、外出することすら億劫になってきた。
これ、郵便受けに入らないかなぁ、などとくだらないことを考えているとジャリっと背後から足音がした。
「律花ちゃ…」
「!?」
振り返ると、そこに元々丸い目をますます丸く見開いた頼が、立っていた。