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『律花、里桜ちゃん借りるわ』
涙がまだ頬を伝うままの里桜を連れて、兄は暗闇に消えた。
かと思えば暫くして二人は戻ってきた。
すでに泣き止んでいた里桜を、私と金澤さんのところまで送り届けて一言、兄は「俺、帰るから」と一人去っていった。
明日の始発の電車で実家に帰るからだとか、理由をつけて。
(里桜・・・・・)
私は、隣にいる里桜の横顔をそっと盗み見る。
泣き腫らした目は、うさぎみたいに真っ赤で。
なのに、何もなかったように里桜は明るく花火を楽しんでた。
『────律花?』
「あ、うん聴こえてる」
『なんだよ、上の空だな』
耳元から聴こえてくる、頼の声が少し不機嫌になる。
「ごめん。───ちょっといろいろあって」
私の声は今すごく沈んでると、自分でも分かるぐらいに。
それぐらい今は、悲しくて胸がいっぱいだった。
────里桜の気持ちを考えたら。
頼との電話も、今はすべきじゃないと思った。
「ほら、彼氏から電話でしょ?出なよー」なんて、里桜は明るく言ってくれたけど。
正直、今は里桜のことで───ううん、里桜とお兄ちゃんのことで頭がいっぱいになってる。
里桜はお兄ちゃんに告白してフラれたんだって────聞かなくても分かってしまったから。
『律花、明後日には帰ってくるんだよな?』
「───あ、うん」
『明後日、部活が午前で終わりなんだ。映画とか行かね?』
「えっ」
思いがけない頼からの誘いに、私の声が裏返ってしまう。
『なんだよ、不満?』
「行く!」
つい声が弾んでしまった私を電話口の頼がクスッと笑った。
『良かった・・・・じゃあまた明日連絡する』
「うん、おやすみ」
『おやすみ』
何があったのか、頼は無理に聞き出そうとしてこなかった。
頼が、そんな私のことを理解してくれてるのが嬉しくて。
その気遣いに、頼の声に、少しだけ胸が温かくなった。
(ありがと、頼)
「電話、終わったぁ?」
気を使って席を外していた里桜が、ひょこっと顔を出した。
「あ、うん・・・ごめん」
何となく目を合わせられずにいた私に、里桜は明るく振る舞う。
「良いよねぇ、ラブラブな二人は。」
「そ、そんなこと・・・・っ」
私がずっと気にしているからか、里桜が肩を竦める。そして小さく息を吐いた。
「────フラれちゃった」
「里桜・・・・」
アハハと空笑いするに、私はかける言葉が見つからなくて黙ってしまう。
「あ!大丈夫だよ、こうなることは分かってたから。だいたい告白だってするつもりもなかったし!」
「・・・・・・」
「やだなぁ。そんな、悲しそうな顔しないでよ律花ちゃん。」
「だって」
「ちょっとぉ、なんで律花が泣くの?」
「・・・・ごめ」
なんで涙が出てきたのか分からないけど。
でも、里桜が悲しい思いをしたのは分かるから。
里桜のことを考えたら────胸の中が悲しみで満タンになった。
「泣かないで、律花。」
「・・・・・・ごめん」
「謝らないでよぉ、律花も悠さんもなにも悪いことしてないじゃん。謝られるのはおかしいから、」
優しくそう言う里桜は、私よりずっと強い。
私が涙を拭って顔を上げると、里桜は涙目で笑った。
「ありがとう律花。でもね、私悠さんのこと諦めてないから」
そう言った里桜は、今までで一番綺麗だと思った。