101
ウォータースライダーは、すごく楽しかった。
結構並んだけど、あの爽快感はやみつきになった。
ただ、専用の浮き輪には里桜とお兄ちゃんと私、というおかしな三人組だったけど。────そして流れるおかしな空気。
(気まずい・・・・)
お兄ちゃんは、私をからかう金澤さんに怒ってからずっと不機嫌で。なぜか私とは目も合わさないし。
里桜は里桜で、お兄ちゃんがいるからかいつもみたいにはしゃがないし。
(─────なんで、こうなった?)
「ちょっと休憩しよっか」
まるで保護者のような金澤さんが、プールサイドからそう声をかけてくれていくらかホッとした。
「なんか飲み物とか買ってくるよ」
空いている休憩場所のベンチに座ることになり、向かおうとすると金澤さんがにこやかに言った。
「あ、飲み物持ちきれませんよね?私も一緒に行きます」
「え、いいの?」
里桜が金澤さんにそう言って、二人が行ってしまいそうになる。
(え、でも────里桜はお兄ちゃんと居たいんじゃないの?)
「り、里桜はここで待ってて?私が行ってくる」
「え、いいから。律花はここで悠さんと待っててよ」
「・・・・でも、」
「いいからいいから。」
半ば強引にそう押しきられて、私は兄と二人パラソルテーブルがあるところに座った。
「お兄ちゃん、」
「んー?」
「ねぇ。なんか怒ってる?」
探るようにそっと兄の顔を窺い見る。
「・・・・怒ってないよ?」
頬杖をついてそっぽを向いたままの兄がボソリと言った。
声が、怒ってるじゃん。
こっち、向いてくれないじゃん。
「律花は─────いつから」
「え?なに?」
「や、なんでもない。」
兄の声は小さくて、聞き取れなくて。
聞き返したら、はぐらかされた。
言いたいことがあるなら、言えばいいのに。
この重たい空気をなんとか打破しようと、私は元気に振る舞うことにした。
「お兄ちゃんとプール来るなんて、何年ぶり?今年一番の驚きだよ」
「あー、俺も。」
「お兄ちゃん、スライダーとか出来たんだね?昔はやらなかったよね?」
「やらなかったんじゃなくて、やれなかったんだよ。お前がまだ小さくて怖がるから」
(あ、やっとこっち向いた。)
口を尖らせる兄に、なんだか機嫌も直ってきた気がして嬉しくなる。
(本当は、お兄ちゃんとたくさんしゃべりたかったのかも────昔みたいに。)
「あー、そうだったんだ。てっきり怖がりなのかと。じゃあジェットコースターも乗れるんだ?」
「・・・・乗れるよ」
「なに、今の間は。無理しなくていいよ」
無理してる兄がかわいくて、クスクス笑ってしまう。
「・・・・無理してねーし」
「じゃあ今度一緒に行こうよ!ぜひ見たいなぁお兄ちゃんが乗ってるとこ」
「アホか」
「ちょっと、頭ぐちゃってなった!!」
兄が私の髪をワシャワシャして、髪が乱れた。せっかくシュシュで結んでたのに。
「─────元気そうで、良かった。」
ブーブー文句を言ってる私の上から、そんな小さな声が降ってきた。顔を上げると、兄が優しく目を細めて私に微笑んでた。
(────なんで、そんなこと言うの?)
「ねぇお兄ちゃん、」
「なに?」
「なんでずっと帰ってこなかったの?」
「────色々、忙しくて」
(────“色々”って、なに?)
だけど兄のその答え方は、これ以上聞くなと言っている気がして聞けなかった。
「なに、寂しかったのかぁ?」
ふざけてそう聞く兄に、腹が立った。
なに、言ってんの?
「・・・・当たり前でしょ?」
「え?」
「寂しかったよ?だってもう何年も会ってなかったんだよ?連絡もないし。私たち兄妹なのに。お母さんだって、言わないけどお父さんだって、きっと寂しがってる。」
「・・・・・」
「でも来年就職だよね?地元に戻ってくるんだよね?」
「いや、─────こっちで就職考えてる」
「え────なんっ」
「ただいまぁ」
「はい、律花。かき氷売ってたよ」
驚いて身を乗り出した私の声に金澤さんと里桜の声が重なった。
「あ・・・・ありがとう」
言いたかった言葉を呑み込んで、里桜からかき氷を受け取る。
「律花、どうかした?」
「え、う、ううん、なんでもない」
私の顔に何かついてる?と里桜が聞いてくるから、私は慌ててそう答えた。
(里桜・・・・・)
里桜は────このこと知ってる?
いや、知ってるわけないよね。
私だって今聞いたばっかりだし。
(っていうか里桜、─────本当にお兄ちゃんのことを?)
乙女な里桜の表情を横目で見ながら、いまだに半信半疑でいた。
だって里桜だよ?
こんだけの美少女だよ?
あんだけモテてて、誰とも付き合わなかった理由がそれって。
だいたい里桜とお兄ちゃんの接点だって、小学生の時家で何度か会ったぐらいしか記憶にない。
いったいいつから里桜はお兄ちゃんのことを好きだったのか。
そのきっかけも、理由も、分からない。
(あとで聞いてみてもいいだろうか?)
────“里桜ってお兄ちゃんのこと、好きなの?”って。
だけど仮に“そうだよ”って言われたら・・・・あれ、なんか。
(なんか、モヤモヤする────・・・)
得体の知れないモヤモヤが心の中に生まれて、私は戸惑う。
「律花、溶けちゃうよー?」
「あ、うん・・・・」
里桜の可愛い笑顔を見たら、余計に哀しくなった。
(この気持ちは、なに?)