100@里桜視点
『里桜ちゃん、ちょっといいかな?』
私の名前、覚えててくれたってだけで、胸が一杯だったのに。
私のこと選んでくれたなんて────嬉しくて、夢みたいで浮かれてしまった。
だって────。
ずっと・・・・もう二度と会えないと思ってたから。
どんどん先を行ってしまう悠さんから離れないように早足で追い掛ける。だけど人混みもすごくて、見失ってしまいそう。
まるで、目の前から消えてしまいそうな───。
「待って悠さんっ、」
気が付けばそう呼んでいて、私の声に悠さんがハッとしたように振り返った。
「里桜ちゃん、ごめん俺。気が付かなくて」
悠さんはすまなそうにそう言って、私の手を取って歩き出した。
(え、え、えっ?)
もう少しで心臓が飛び出ちゃうところだった。
手を繋ぐのがあまりに自然で、一瞬のことで。
私の顔の熱が、一気に上がった。
(待って、待って。私、こんなハズじゃなくて────)
もっと上手く隠さないとって思うのに。
手から心音が伝わってしまってる気がする。
だってこんなの、期待しちゃうよ。
私のこと、少しでも好きだと思ってくれてるのかなって。
だけど。
チラッと少し前を歩く悠さんの横顔を盗み見て、私の心はヒヤリと冷めていった。
だって、悠さんはまるで幼い妹と手を繋ぐみたいにただ前を向いて、私の手を引いて歩いていて。
その表情は────まるでここには心なんて無いみたいで。
(ああ、そっか─────。)
───私って、昔からなぜか勘だけは良くて。
いつも、そうじゃないかなぁと思うことがその通りで。
私は────気付きたくなかったことに、気が付いてしまった。
あの時、律花ちゃんじゃなくて私に声をかけてくれたのは。
悠さんが本当にこうして手を繋ぎたかったのは。
─────私じゃなかったんだと、察してしまった。
(ううん、違う・・・・。)
私はその事になんとなく、気がついていた。
律花と偶然再会したときの悠さんを見たときから、なんとなく気がついてた。
悠さんが、ずっと実家を避けていたのは。
もしかして、律花に会いたくなかったからじゃないかとか。
自分の気持ちを律花に気付かれたくなくて避けてたんじゃないのか、とか。
そんな、嫌な予感が止まらなくて。
だから、赤下の話までして─────確認したりして。
悠さんを引き留めたくて、二人が付き合ってることを暴露した。
『もしかして、赤下頼?』
─────すぐにそう言った時の悠さんの表情も。
『やっぱりアイツか。』
─────寂しそうに笑った悠さんの気持ちも。
あの時、確かに確信に変わったのに─────私はその事に気付かないふりをした。
信じたく、なかった。
(だって、こんなの・・・・あんまりじゃない)
やっぱり私は悠さんのことが好きだと痛感したのと同時に、悠さんが誰を想っているのか知ってしまうなんて。
(─────つらいよ。つらい・・・・。)
辛いのに、この手を離したくない。
諦め、られない。
でも、悠さんの気持ちを考えたら────この状況は不利だよ。
「あの、」
私は自分の気持ちを殺して、意を決して悠さんに声をかけた。
「あ、ごめんね急に」
「いえ、私はいいんですけど。いいんですか律花ちゃん、金澤さんと二人きりにさせて」
私の言葉に、悠さんはバッと後ろを振り返る。
────ああ、やっぱり。
律花ちゃんの水着姿が直視できなくて私と先を歩いていただけだったんですね・・・・。
「あいつ・・・・っ」
乱暴に言葉を吐いたと思ったら、悠さんは律花たちのところへと足早に戻っていく、────私の手を離して。
────私を、置いて。
「おい、知哉」
(やっぱり・・・・・そう、だったんだ)
「律花で遊ぶの、ヤメロ」
悠さんが、早く気持ちに整理をつけてくれたらいいのに。
“妹”だと思うのは、私じゃなくて律花にすればいいのに。
私のことを、好きになってくれたらいいのに。
そんな気持ちで胸が張り裂けそうな私は一人、その場から離れたところで三人を見ていた。




