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「待ち合わせ、ロビーに10時半だよね?」
「うん、そのはず」
スマホの画面で時間を確認すると約束の時間は10分ほど過ぎている。
金澤さん遅いね、と言おうとしたときロビーに入ってくる金澤さんの姿が見えた。
「・・・・あれ?」
私の口からそんな呟きが漏れた。
驚いたのは、金澤さんは一人じゃなかったから。
「おい、なんなんだよ知哉こんなところまで連れてきて」
にこやかな金澤さんの後ろから歩いてくる、不機嫌そうなその人の姿は─────私の知っている人によく似ていた。
(嘘・・・・なんで?)
「お待たせ、二人とも」
「おい、知哉いい加減説明しろって・・・・」
にこやかに声をかけてきた金澤さんの後ろから現れたその人は、私の存在に気が付いて足を止めた。
髪は肩まで伸びていて、顎には無精髭。なんだか小汚い雰囲気だったから、全然気が付かなかった。
────この距離になるまで。
「え・・・・」
「お、お兄ちゃん・・・っ」
「律、・・・花?なんで、ここに・・・・」
まるで幻か幽霊でも見てるみたいに、お兄ちゃんは目を見開いたまま硬直してる。
大学に進学してから約六年、全然会ってなかったんだから驚くよね。しかも、地元でもないのに会うなんて。私も驚いたよ。
だから気持ちは分かるけど、ちょっと驚きすぎじゃないのか?
「サプライズ大成功だな!びっくりしただろ?まさか妹に会えるなんて。俺も昨日会って驚いたよ、だってお前のパソコンのデスクトップ・・・・」
「黙れっ、」
「うぐっ」
「だ、大丈夫ですか金澤さん!」
何故か金澤さんの話を拳で遮る兄。
暫く会わないうちになんか暴力的になってないか?
お母さんが知ったら悲しむよ!
金澤さん、みぞおちにパンチが入ってかなり痛そうだし。
私が駆け寄って兄の代わりに謝ると、大丈夫大丈夫とおどけて笑う金澤さん。
私はその隣にいた兄を睨むようにして、ずっと言ってやろうと思ってたことをぶつける。
「お兄ちゃん!今年は夏休み帰るって言ってたよね?毎年毎年帰ってこないからお母さん寂しがってたよ?」
あ、気まずいのか、兄が私から目をそらした。
そして小さく言葉を発する。
「帰るつもりだったよ、明日。」
「あ、そうなんだ?ていうか、大学この近くだったの?知らなかったし。」
「・・・うん」
お兄ちゃん、なんでそんなテンション低いんだ?
そういやなんだか顔色も悪いような?
夏バテ?
大学院てそんな忙しいの?
でも金澤さんはこんなに爽やかだし────。
「お兄ちゃん、」
ちゃんとごはん食べてるのか心配になって口を開こうとした私の肩をくいっと押して金澤さんが笑顔で言った。
「ほら、とりあえずプール行くよプール!話は車内でもできるでしょ?」
「「え?」」
お兄ちゃんも行くの?と兄を見ると、兄も初耳だったらしく目を丸くしている。
「プール?知哉、お前何言って────」
「今から行くんだよ、プールに」
にっこり笑う金澤さんには、不思議と有無を言わさない雰囲気があって。
私達は揃って車へと乗り込むことになったのだった。