ディラファン堕ちる!
ダルク領内の南東、コユーア領地との境目に古くから人の手が入らない魔物の領域がある。
『変異の森』と呼ばれる地だ。
そこはキキが目を付けたキチ草原とは違い畑にできそうな草原も水を引けそうな川も、ましてや鉱山などもない。
では何故ディラファンがこの地を開拓しようとするのか。
それは単に逆恨みとキキには負けたくないと思う勝手な気持ちからである。
そしてあわよくば森を束ねて身を潜めているという伝説の火龍を飼いならしたいという過ぎた欲である。
そんな領主嫡男のボンボンの馬鹿な遊びに付き合わされる兵士達は堪ったもんじゃない。
彼らは真面目に心身を鍛え、或いは魔法を研鑽し、やっとの思いでダルク侯爵軍の精鋭部隊に仕官できたのだ。
出来れば1番は王国だがそれは一握りの一握り。
ソアラ国テラス教の本部を抱えるリミール家か、名君名高いコユーア家に仕えたいと思うのは今のソアラ国の魔術士と剣士の常識だ。
それでも名家のダルク家に仕えれたというのに、領主は親バカで嫡男は捻くれた生意気なガキ、そのお守りの為にまさに今から命を危険に晒そうとしている。
100人の精鋭部隊を取り仕切る部隊長のカライもその一人だ。
「クソッ。何だってこんな無計画な開拓に俺たち精鋭部隊が駆り出されなきゃならないんだ!」
「全くだ!死に物狂いで腕を磨いてきて、たかが9歳ぐらいのガキの命令で意味も無く死ななきゃならねぇのかよ!やってられねぇよ!」
「クッ…兄貴、ダルク家の精鋭部隊の俺達がこんな様じゃどうしようもねぇよ。何とか中止にできねぇのか?」
「ああ、散々進言したんだがあの馬鹿ボンは全く聞き耳を持たねえ…。いいか皆!ちょっと集まってくれ!」
そう言って100人を集めるとカライは椅子に踏ん反り返って紅茶を飲むディラファンを確認し聞こえないように小声で話す。
「(いいか皆、俺達はあんな馬鹿ガキに使い捨てにされる為に修業して腕を磨いてきた訳じゃない。俺は兄弟同然のお前達を死なせたくない!
危なくなったら俺の合図で反転し奴を置き去りにして逃げるぞ!幸いあいつの護衛は中級程度の魔術士2人だけだ!いいな?)」
「(ありがとうございます隊長!よかった隊長の部下で…ぅう。)」
「(それにコユーアのキキ様の側近のダージーに事の次第と救援を頼んである。あいつとは昔からの旧知の中だ、きっと助けてくれる!)」
「おいっカライ!進軍を開始するぞ!グズグズするな!」
「はっ…総員進軍開始!前進しながら遭遇する魔物を掃討せよ!」
それから一週間に渡りカライ率いる精鋭部隊は『変異の森』を進軍した。
目的もなくただただ魔物を討伐しながら前に進む。
意味も無く辺りの森を焼き払い、煙たく灰がまき散る森を昼も夜も無く魔物の襲撃に怯えて過ごす。
時折襲ってくるレッドウルフやフレイムスネークを討伐するが部隊の被害も4割を超えていた。
彼らも剣士としての力量はそこそこのものだったが100人の部隊に魔術士の割合がは10人程度、だがこれでも1貴族の100人隊としての魔術士の割合は悪くない。
この世界で剣士に比べて魔術士の数は圧倒的に少ない、それは魔術士になるには努力はもちろんだが才能が左右されるのだ。
魔物と闘える魔術士は何処に行っても重宝される貴重な存在なのだ。
「隊長……俺達はもう生きては帰れないみたいですね…。」
「ああ…すまない。あのガキがあそこまでのクズだとは思わなかった…すまない…」
辺りは沢山の仲間が死んでいき酷い姿で散らばっている。
レッドウルフに食い散らかされた者、フレイムスネークに生きたまま丸呑みされた者、爪に引き裂かれ内臓を垂れて呻いている者…。
再三の撤退勧告をディラファンに求めたがことごとく却下された。
もう限界だとカライ達は3日前に1度、カライの合図で逃亡を試みていたが彼らは再び地獄に突き落とされた。
後ろから悠々と安全圏を付いて来ていたディラファンは護衛の魔術士2人に交代で自分達だけにシールドを張らせていた。
そして、カライ達が反転し逃亡をはかると躊躇なく魔法を浴びせてきた。
自分の指揮する部隊に口元を歪めながら業火の魔法を浴びせたのだ。
「クックック。お前達下賤の者が考えそうな事だな。俺の命令が聞けんならば死ね!」」
「うぎゃぁー!!」
「ぐぁあくそったれぁぁー!!」
「なっ、なんて事をしやがる!仲間を殺すなんて…狂ってやがる!」
「ディ…ディラファン!!許さんぞぉ!」
「はっはっは!様を付けぬか愚か者よ。
さぁ後ろに逃げれば焼き殺す!前に進めば開拓後は開放してやろう。選べ。」
カライ達は前に進むしかなかった。
少し前の方では炎に焼かれた仲間達が絶叫を上げまるで熱された鉄板の上の鰹節のように狂っている。
その中には部隊に参加していたカライの実の弟もいた。
血が溢れるほど歯を食いしばり感情を押し殺し前に進んだ。
カライは部隊長としてまだ残っている60人くらいの生き残りを率いる責任があった。
「クックック。ハーッハッハッハ!なんだぁ?いい気分だなぁ!はっはっは!」
「(隊長…ディラファンの野郎様子がおかしくなってきてませんか…?)」
「(ああ…ありゃあ明らかに変だ…もともと生意気なガキだったがコレは…自我を失っっていってるような感じだ…)」
「(それにしても…ダージー。来てくれなかったか…。ガキの頃からのツレだったんだが…それも仕方ないかあいつの人生さ。あの世に行ったら愚痴の1つでも言ってやるか。)」
ーーーーーーダージー視点ーーーーーーー
再び魔攻剣の修業を初めて3カ月程たった。
ワシは剣一筋で王国騎士団先駆け隊長までのぼりつめたが今はキキ様に弟子入りした。
僅か6歳の子供に弟子入りするとは夢にも思わなかったがワシは実力主義だ。
圧倒的な魔法と剣術を持ちながらそれでも研鑽を重ねる勤勉さと革命的な思考の持ち主、テラス教の伝説と同じ黄金の髪と瞳。
そして誰もが振り返る美しい姿と、人を惹きつけてやまないカリスマ性と人柄。
主人としても、戦士としても尊敬し敬愛している。
だが、ワシはもうキキ様の元を立たねばならなくなった。
昨日ワシ宛に手紙が届いたんだが送り主は懐かしい事にカライからだった。
「はっはっは、あいつめ。思い出したように文など送りよって!ワシに金でもせびるつもりかぁ!」
最初は懐かしい友からの手紙で随分と浮かれたもんだがな…封を開けて思わず冷静になってしまったわ。
『変異の森』か…しかも噂に聞くダルク家のアホの嫡男の指揮で計画性もなくただ進軍とは自殺、いや虐殺だ。
しかしあのカライが『部下を死なせたくない。ダージーの力を貸してくれ。』か…。
仕方がないか、ガキの頃からの馬鹿なツレの頼みだ。
あいつの部下を守ってやれるかは分からんが…せめて一緒に死んでやらにゃならんだろう。
しかし、キキ様に迷惑を掛ける訳にはいかん、もちろんコユーア領主のビージー様にも。
キキ様に何と言って屋敷を出ようかのぉ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨日の修業が終わって、屋敷に帰ってからダージーの様子が明らかに変だ。
「ダージー、何かあったか?」
「いっ、いえいえ!何もございませんとも!」
そう聞いても何も言わないか…
朝食後の紅茶を飲む手も止まって動揺は見てとれるが。
ふむ、確実に何か隠しているな…。
夕食もいつもなら牛馬の如く食うくせに残していた。…風邪か?
「シルダは確かダージーと親しいと思うのだが何か様子が変ではないか?」
「そう?あ、でもちょっと元気ない気もするかな?」
「そういえば何か手紙読んでたにゃ。」
「ふむ、手紙か…。」
これは…何かあったな。
だいたいダージーの性格からして悩み事を1人で抱えるタイプでもないし、ましてやウダウダと悩むような奴でもない。
そんな奴が飯も喉を通らないくらいに真剣に悩んでいるとなると…命のやりとりか。
「ダージー、魔攻剣の修業は順調か?」
「はぁ…。そうですな、だいたい8割がたは習得できましたな。」
「そうか、では今日は全員休みとしよう。」
「やったー久々の休みにゃー!」
「タラムレェイン、コロナ!街に買い物に行くわよ!」
「まて、皆座れ。話がある。」
キキが真剣な顔で静かにそう言うとさっきまではしゃいでいた面々はすぐ様席に着き、厨房付近にいたシャイナとコロナも慌てて席に着く。
「6人とも席に着いたか。」
《《《ははっ!!》》》
「よいか。タンク、ダージー、コロナ、シャイナ、シルダ、タラムレェイン!
お前達6人はワタシの忠臣である!
いつ如何なる時も嘘は許さぬ。ワタシは『テラスの再来』と噂されているようだが、神や仏は信じぬ。目に見えるものとワタシの愛する仲間しか信用しない。
お前達はワタシの忠臣であり体の一部であり手足である。裏切りは許さぬ。
よいな?」
《《《ははぁーっ!!》》》
6人は自然に溢れる涙を拭う事すらしなかった。
自分達の事を堂々と愛する仲間だと宣言し、忠臣だと言ってくれる我が主に普段は女癖の悪いタンクも、敬語を使わないシルダも他の者も大いに感涙した。
その中でダージーはひときわ泣き咽っていた。
彼は何故いきなりキキがこんな事を言い出したのか分かったのだ。
ついさっき何かあったのかと聞かれて何もないと言ってしまった。
だがキキ程の者であれば自分が命をかけた選択をしてそれを隠しているであろう事も、キキの元を去る決意をしている事も見抜いている。
ダージーはキキの言葉でそれを分かってしまった。
いや、分からされたのだ。
(ああ、この人には敵わない…洗いざらいすべて話そう、そしてその後のワシの嘘を付いた罪、屋敷を出ようとした罪などは仰せのままに。やはりワシはキキ様を裏切れない。)
そう思いダージーは全てを話した。
その話を聞いた皆の反応はダージーを非難する目等は無く、寧ろ、命をかけて友のため義理人情を重んじようとしたダージーを称賛する目であったが、キキだけは表情を変えず真剣な目でダージーを見つめていた。
「キキ様、誠に申し訳ございませんでした!ワシはどんな処罰の覚悟もできております!」
「…で、あるか。」
タンクやシルダ達は今にも出るであろう処分に固唾をのむ。
「皆の者、したくをしろっっ!!
向かうはダージーの友、カライのもとぞっ!」
キキは力強く6人にそうに告げると、後ろを振り返る事もなくツカツカとその場を立ち去って行った。
ただ1つ、部屋を出る直前に顔も合わせずすれ違い様にポンッとダージーの肩を叩いた。
呆気にとられていた6人が残された部屋でシャイナを順に次々に我に返り、勢いよく返事をして部屋を出る。
それぞれ皆、言葉も交わさずポンッとキキが叩いた場所と同じ所を同じ様に叩いて支度にかかった。
1人残されたダージーのいる部屋から
「うぉぉおおーーーっ!!」
と、感嘆の雄叫びが響いた。




