ビージーの苦悩
彼はキキの父親にしてコユーア領地の現領主ビージー=シェルダ=コユーア。
27歳にして愛する妻と可愛い息子を持ち4大貴族の1つ、コユーア家を受け継いだ男。
自身も文武両道で、天才とまではいかないが誰もが認める秀才、更に人柄もよく、家臣にも慕われている。
4年程前に待望の嫡男も生まれ未来は明るく希望に満ち溢れていた。
ただ1つ気がかりな事はその息子のキキの事。
生まれたばかりの息子をみた時は
「なんて可愛い子なんだ!まるで天使のようだ!」
そういって浮かれて毎日仕事が終わり、キキの寝顔をみるのが楽しみで仕方なかった。
だが1カ月がたった頃、ビージーは気付いた。
「この子の金髪、黄金の瞳、この魔力、そしてエルフ族をも超える美しさ…。
もしこの子が無詠唱魔術を使えてしまったら…。
本来金髪だけならまだしもこんな純粋な黄金の瞳は王家でも千年に1人、それでも無詠唱の使い手は建国以来生まれていない。この子の存在が王家や有力貴族に知られれば大変な事になるかも知れない…。」
それからビージーはキキに外出を禁じた。
理由は単純に外は危ないからと。
キキは、一切駄々をこねなかった、3歳にもなれば外に行きたいと言って泣くかもしれないと覚悟をしていたが1度もそんな事はなかった。
せめて、庭や道場で体を動かさせてあげようと3歳から剣術と魔法を習わせようと考えた。
それで無詠唱を使えないと判れば、たまたま黄金の瞳をしているが所謂、『テラスの再来』ではないと言えるからだ。
『テラスの再来』とはこの世界唯一の宗教であるテラス教に伝わる。
その言い伝えは
『完全なる黄金の髪と瞳を持ち、無詠唱魔法を扱い乱れた世界を救う新なる覇者、テラスの再来である』
と聖書に記されている。
ビージーが心配するのを知ってか知らずか、キキの魔法は凄まじかった。
魔法だけでなく、剣術も自己流を編み出して元王国騎士団先駆け隊長のダージーを打ち負かす程だ。
5歳にみたない華奢な子がだ。
しかも修業のスケジュールを自分で組み立ててビージーに提出し、狂いなく実行する勤勉さ。
父親としてはこれ以上なく鼻高々だが、今まで1割もない懸念と不案が今では5割ほどに増している。
そしてキキが4歳を過ぎたころ無詠唱で魔法を駆使する姿を見て10割となった。
「……なんてこった。」
顔面蒼白になり、事実を知るものに箝口令を出す。
キキにも人前で姿を見せない事と魔術を見せない事を厳しく言うつもりでいた。
だがキキの微笑みを見たビージーは
「さすが俺の娘……いや、息子だね!凄いぞ!よし!シャイナ!お祝いの準備だ!」
と褒める。
そうだ、彼は親バカである。
何のしがらみも無いならキキを連れて世界を一周しながら見せびらかす程の親バカだ。
そしてビージーは決意した。
「キキ、君は強く美しい。だから様々な困難が待ち受けているかもしれない。でも俺と母さんは何があっても君の味方だ。
だから君が大事であると思う時は堂々と姿を見せ、君の力で相手に勝つんだ。」
「肝に銘じます父上。」
ビージーは『肝に銘じるなんて難しい言葉も知っているもんだな……』と思いながら父親らしさを出したつもりでいた。
そして大会2日目、キキは友達のシルダと正々堂々戦うために観客7,000人の前でその姿をあらわにした。
「……。」
ビージーは気絶した。
「何故にこんな大舞台で…いや……俺が言った事をキキなりに忠実に守ったとも言えるが……しかし、何もあんな大勢の前で…うわぁー!!!」
消える意識の中で絶叫していた。
医務室で目が覚めると、執事が神妙な顔をして手紙を取り出していた。
送り主の名は、ダルク家当主とその嫡男ディラファンだった。
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エリーとシルダを招いた夕食会の前にどうにも不穏な空気が流れている。
「父上、その手紙の送り主はディラファンですか?」
「ああ、そうだ。正確にいうとディラファンとディラファンの父、ダルク家の現当主ドルギラン殿からだ。」
「それで、内容はなんと?」
「1通はキキと父さんに、もう1通は…シルダちゃん、君にだ。」
「え?…アタシですか?コレもディラファンから?」
「いいや、君の……父上からだ。とにかくキキの方から先に読もう。」
父上はそう言うとディラファン親子から俺宛てに届いた手紙を読んだ。内容を要約すると、
・先日の息子への無礼の数々許すまじ。
・シルダとエリーの裏切りを許すまじ。
・我が息子ディラファンへの無礼はダルク家への無礼ととる。
・何よりけしからんのは、本来、王家の世継ぎから出るはずの『テラスの再来』を偽るその姿。王家や世界中を謀る大罪である。
・この件を王家に知られたくなければキキを差し出す事。
という内容だった。
まぁあの程度の小物が言いそうな事である。容易に想像できていた。
ふむ。……殺すか?
いや、そうは言っても俺はまだ4歳と半年だ。
この世界の知識と経験に乏しい。
命に代えて俺を護るという信頼できる家臣もまだいない。
そして、まだ修業不足も否めない。
独自の魔法の開発もしなければならないし、何より魔法による戦いを俺は知らない。
では、どうするかな…父上が俺を差し出すと考えるか、追い出すか、または家のために俺を消すか……その時は……。
「キキ。何か…謝罪とか弁明はあるかい?」
弁明だと?言い訳をしろと言いたいのか説明をしろといいたいのか。
いや、よい。
捨てられようが生きて行く自信もある、何より貴族として生きる重荷がなくなるとも考えれる。
謝罪をするくらいならば切腹する方がましだ。
こうなっては腹をくくるほかない。
「いいえ。弁明などありません父上。謝罪などは欠片もありません。」
「そうか…じゃぁとりあえずシルダちゃん宛のを読もう。シルダちゃん、いいね?」
「はい……」
シルダは不安そうな顔をしつつも真面目な顔で答えた。エリーは今にも泣きそうである。
内容はとても短く簡潔であった。
・マエル家にシルダという娘は存在しない。
・コユーア家を謀る不埒者にてそちらで処分されたし。
シルダは捨てられた。
そして、マエル家を名乗るただの不埒者であるからこっちで殺すなりしろと書いてあった。
シルダは泣いてはいない。
ただ「…ぁあ……。」と息のような声をもらして手紙を見つめていた。
エリーがシルダにしがみつきワンワン泣いているのをまるで聞こえていないかのようにジッと手紙を見つめていた。
彼女は理解したのだろう。
きっと唯一の母親は殺されたのだと。
シルダを子ではない、知らないと言い切るぐらいならばそのくらいの手は回していないはずがない。
シルダはその日家族を全てなくした。




