姿を表す
大会2日目の朝の会場。
「……おはようエリー。」
「……おはようシルダ姉。」
「腕は…どう…?」
「何ともないよ、嘘みたいに。」
「そう、よかったわ。…ねぇ、エリー?」
「うん?」
「アタシ達、最低ね。」
「うん。」
「アタシはエリーよりお姉さんよ、悪い事したらどうするか知ってるわ!」
「反省するんでしょ。お母様に悪い事をしたら反省しなさいっていつも怒られるもん。」
「それは違うわ!アタシ達はキキという友達を傷つけたの、だから謝って仲直りするのよ!
それがアタシ達のするべき事よ!」
「行くわよ!」
「え?今から?」
そう言うと、2人はキキのいる待機場所へと走っていった。
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ふぅ。昨日はあまり眠れなかった。
人前で怒気を漏らしてしまった事と、エリーとシルダの化け物を見るような怯えた目がどうにも頭から離れなかった。
信長として生きていた頃も、部下からの畏れは痛いほど感じていたがソレらとはまた違った目に感じた。
まるで生まれて初めて規格外の巨大な熊を間近で見たような絶望感。
目の前で親を惨殺される子供のような恐怖心を、世間知らずの女の子が人目も憚らず失禁する程その身に感じて俺を見ていた。
俺としてはエリーを助けるつもりが逆に2人を怯えさせてしまったのだ。
まぁ、いいか、終わった事をあれこれと考えていても前には進まない。
彼奴らとは大会以外に顔を会わせる事もそうないだろう。
「シャイナ、悪いが紅茶をいれてくれないか?」
「はい、喜んで。お客様のぶんも用意致しますので少々お待ちを。」
「客?」
辺りを見渡すとエリーとシルダがこっちに向かって走って来るのが見えた。
息も切れぎれに俺の前まで来たシルダは、腕を組んで肩幅程度に足を開いて俺を見おろし
エリーはシルダの横に半歩下がって並び、申し訳無さそうに下を向いてモジモジしている。
そこにディラファンの姿は無かった。
俺は何事かと思ったが、後ろでピリ付かせた空気を放つコロナを背中に感じて、笑顔を作って挨拶をした。
「おはようございますシルダ、エリー。」
2人は、俺が微笑みながら挨拶をしたのを意外そうに驚いていたが、覚悟を決めた顔を取り戻そうと顔を横に振って言った。
「ゴメンなさいキキ!アタシ達はあなたを傷つけてしまったわ!だから謝りにきたの!」
「ゴメンなさいキキさん…。」
「そして謝ったアタシ達を許して欲しい、謝って仲直りするのが友達だから!」
堂々とそう言うシルダとエリーの態度は、謝罪をする者の態度とは思えないものだったが
気持ちよく俺の心にしみた。
それは、2人の足が少し震えていたのを見てより強くなった。
「はっはっはっはっは!はーはっはっはっは!!」
足をバタバタさせて笑う俺を見て、2人は何が起きたのか分からない顔をしている。
「はっはっは。そうかそうか。いや、すまない。
そうだな、ワタシ達は友達でしたね。
分かりました、では今日大会が終わったらワタシの屋敷に来てください。
友達の証として夕食を振る舞います。」
「じゃ、じゃぁ許してくれるの?」
「もちろんです。仲直りしましょう。」
そうやって2人と仲直りして、シルダとコロナと俺は試合の準備をした。
エリーは、シャイナのいれてくれた紅茶を飲みながら俺を見ていて、たまに目が合うと恥ずかしそうに目を逸らしてモジモジしている。
準々決勝の相手を決めるくじ引きが始まり、ちらほらとすでに試合を開始していた。
偶然にも俺の相手はディラファンになったが、いつまでたっても現れず不戦勝となった。
何でも既に会場から荷物もひきあげており、屋敷にも姿が無かった事から無断で領地に帰ったのだろうと判断されたようだ。
相変わらず自分勝手で無礼な奴だ、あいつとはどうあっても仲良くなれんな。
シルダの相手は猫だった。
いや、冗談ではなく本当に猫だ。
姿形は人のそれだが猫耳が生えており、所謂猫のヒゲと尻尾もある。
俺は大変驚いたが、周りの者は当たり前の事なのか特に注目もしていない。
「シャ、シャイナ!!何だ!アレは何だ!?」
珍しく取り乱した俺にシャイナは少しニコッとして自慢気に答えた。
「はい。あの者は獣族でございます。キキ様はほとんど屋敷から出られなかったので初めてお目にかかると思います。」
何でもシャイナの説明によるとこの世界には、人族、獣族、エルフ族、炭鉱族、龍族、魔族、魔人が存在するという。
魔族はすべてが魔人の僕であり、常に他の部族と敵対しており戦闘能力にたけている。
しばしば魔族領から他部族の領地に侵攻しては、虐殺や略奪を繰り返しているらしい。
なるほど。
そういえばコユーア屋敷の書斎にそんな本があったが、おとぎ話の類と思ってまだ手をつけて無かったな。
なにしろ魔術書や、兵法書を中心に読んできたから手が回ってなかった。
「そうであったか……。あれは…耳や尻尾は着けているのか?生まれた時から生えているのか?寿命はどのくらいか?」
「耳や尻尾は生まれてきた時から生えております。獣族の寿命はだいたい人と同じですが、エルフと炭鉱族は500年程で、魔族、魔人は不明です。龍族は万年と言われております。」
そう説明するシャイナの目は優しく、母上や同い年のエリーも赤子を見るように微笑ましく俺をみていた。
俺は少し恥ずかしくなりふんっ、と鼻を鳴らしてソッポをむいたが
『ああ〜〜』
と、皆んなで幸せそうな呻き声を揃えて出しているのが聞こえた。
シルダと猫娘は中々にいい勝負をしていたが、打ち合いを制したのはシルダで、ギニャンッという叫び声とともに猫娘は倒れた。
同時にコロナも勝っていて、3人は準決勝に進んだ。
昼食後に準決勝のトーナメントくじが引かれ、コロナの相手は10歳の少年。
超攻撃型で一撃必殺の連撃で攻め続けるスタイルで注目を浴びていた。
そして俺の相手はシルダだった。
準決勝からは今まで一斉に開始していた試合と違い、1試合ずつ行われる。
まずは俺とシルダの試合からだ。
壇上に上がり向かい合った俺とシルダ。
シルダは
「友達だけど、全力で戦いましょう。でも…魔法は無しよ?ルールだし!」
といって腕を組んでいる。
剣術に自信があるのだろう、実際に年の割に群を抜いていてコロナよりも実力は上であろう。
「分かりました。では真剣勝負に姿を隠すのは男の恥、全力で相手します。」
そういって俺は目深く巻いていたタオルを取り、肩よりも伸びた金髪と、きっと煌っているであろう瞳をさらけ出した。
会場からはどよめきがおこり
「誰だ?王家の方か?」
「何て神々しい金色……」
「噂のコンジキ姫じゃないのか?」
「何だアレは…!?完全に純粋な金色じゃないか!」
そういった声が聞こえてきて、その雰囲気にシルダも動揺している。
「よいシルダ!観客などかけらも気にするな!お前はワタシだけを見ていろ。」
「……ふっ。そうね、わかったわキキ!」
そう言ってシルダはニヤリと笑い、ソアラ流を美しくかまえた。
遅れて俺もゆっくりとかまえる。
「はじめっっ!!」
審判の声が会場に響き、さっきまでのどよめきはなくなり俺とシルダの動きに注目している。
先を丸く削り、両刃に見立てた木刀を握る音さえも聞こえてくる静まりに、思わず笑みがこぼれる。
それを隙とみたシルダは、俺の首筋に居合いの一閃を放った。
確か、
(何手か攻撃させて倒しなさい)
だったか。
そんな事を思い出しながら、攻撃を仕掛けているシルダの懐に踏み込み、
木刀を腰から抜きながら体を回転させシルダの後ろに回り込み、抜き放った木刀の柄でトンっとシルダの後頭部を押し初手を躱しながら距離をつくる。
「くっ!」
俺の動きを追えずにいたシルダは顔をしかめながらすぐさま振り返り、
上から下から或いは突きから小手に、当たれば骨折か、失神、悪ければ死ぬほどの連撃を放つ。
俺は今まで練習した、試行錯誤して編み出したソアラ流を改造した俺流の足捌きと、決して正面から攻撃を受けずに躱す体捌きで踊るように全てを受け流した。
もういいかなと思い、シルダの上段からの攻撃に合わせて上から木刀を振り下ろすと彼女の木刀が床にカンッと一回跳ねて転がった。
『……』
審判も口を開けて固まり、会場も静まり帰ったままでいると、シルダは目を閉じたままフッと笑い頭を下げた。
それに気付いた審判が慌てて勝負ありの声をあげる。
割れんばかりの歓声と婦女子からの悲鳴にも似た声が響き、俺は一礼をしてシャイナ達のいる元に戻った。
コロナは善戦はしたが惜しくも負けてしまい、俺に跪いて謝るその目には涙が少し浮いていた。
そうやって2日目の大会は終わり、俺達は屋敷へと帰っていった。




