魔剣の設定とスライムの可否
森から出てすぐに、街道があった。フローリアの案内に従って、一方に向かって進むことにする。
それにしても、と横目でチラリとすぐ傍を歩くフローリアを見る。彼女の肉感的な身体は、23年間まともに女性と接したことの無い浩一には、ひどく刺激的だった。
胸部のみにしか装甲の無いタイプのブレストプレートは、恐らく胸に合わせて大きさや形を調整してあるのだろう。だから、その胸がかなり大きいというのがよくわかる。日本のグラビアアイドルにもこれほどのサイズの女性はほとんどいなかったのではないだろうか。
そしてその巨大な胸が、歩くたびに揺れる。実際に視界で揺れているのはブレストプレートだが、その下にあるモノもきっと同様の状態だろう。そう信じたい、と浩一は思った。
そしてプレートの下に着ているであろうインナーはどうやら胸下すぐの辺りまでしか生地が無いらしく、引き締まった褐色のお腹とヘソが丸見えだ。ヘソフェチの人にはたまらない光景だろう。
下半身は動きやすさを重視したのか、ショートパンツとスニーカーのような靴だけだ。腰には自分と同じく、鞘に収まった剣がある。おかげでむちっとしつつも引き締まった脚が丸出しで、これがまた非常にセクシーだ。
……正直、全体的に露出が多過ぎて、目のやり場に困る。正面から向かい合って見ることなど出来ない。
なので浩一は、何度も何度もチラチラと横目で盗み見るのが限界だった。バレないようにこっそりと。
途中、フローリアが「仕方ないわね」と呆れたような口調で言っていたが、浩一にはなんのことを言っているのかわからなかったので、自分のことではないだろうと判断した。
「そういえばコーイチ。あなたの魔剣って、どこのダンジョンで見つけたの?」
「え? あ、え……ダンジョン?」
フローリアが投げかけてきた質問に、その身体を盗み見ることに夢中になっていた浩一はハッとして言葉を返す。
「そう、ダンジョン。……それ、ダンジョンで見つけたんじゃないの?」
ダンジョン。JRPGもさんざん遊んだ浩一だ、もちろん意味は知っている。現地人であるフローリアがそんな言葉を口にするということは、きっとこの世界にはそれがあるのだろう。
しかし、それが魔剣とどう関係あるのだろうか。この場合、どう答えるのが正しいのだろうか。
少し考えて、口を開く。
「あ、あー……その。これ、えっと。父親から受け継いだものなんだ」
「は?」
途端、怪訝な表情になるフローリア。その反応に、内心舌打ちする浩一。
なにか不味い返しだったのだろうか。魔剣の仕様について、把握していないことが多過ぎる。……とりあえず探りをいれなくては、と決める。
「ん? どうかした?」
動揺を隠し、まるでなんでもないことのように振る舞いながら訊ねる。さも「なにか問題が?」と言わんばかりの態度で。
「どうかしたか、って。それって要するに、お父さんが所有してた魔剣ってことでしょ? それなのに今は、あなたを主として認めてるの?」
フローリアの言葉を受けて、浩一は全力で必死に考える。魔剣、所有、主、認める……。
ふと浩一は、『ストーリーオブファンタジア』のシリーズの何作か前、『ストーリーオブデスティニー』の設定を思い出す。その中に意思を持つ剣、という存在が出てきた。もしかしたら、この世界における魔剣というのは、それと同じで意思を持ってるのでないだろうか。そして、その意思によ認められることによって、魔剣の力を振るうことが出来るのではないだろうか。
そこまで考えて、それを結論として次になんと答えるかを必死に絞り出す。
「ああ、父親がある日病気で死んじゃってね。それでまあ、魔剣と色々あった結果、俺が次の持ち主として認められたんだ。だから今はもう、こいつは俺の物になってるんだ」
「へえ、なるほど。そういうこともあるのね」
どうやら納得したらしく、その反応に浩一は心の中でホッとする。今の説明ならこの世界の魔剣の仕様でもあり得ることのようだ。なんとか誤魔化せたみたいで、浩一は安心した。
一息ついたところで、自分の魔剣の性能について思い出す。剣を振る度に出る、光の刃。アレはいざ戦闘となったらとても便利だろうが、現在の、浩一の意志とは関係なしに振ったら絶対に発射されてしまう状況はヤバい。
『ストーリーオブファンタジア』はマップ移動中は普通の画面見下ろし型のRPGだが、敵が出現して戦闘になると、アクションになる。その際、主人公の最強武器である魔剣ヴィゾフニルを装備すると、攻撃ボタンを押すごとに主人公はMPを消費しつつ光の刃を放つことが出来るのだ。浩一は、今自分が装備しているこれも、その攻撃が再現されているのだろう、と当たりをつけた。
なんとか出来ないだろうか。そう考えながら、視線をフローリアから腰の魔剣ヴィゾフニルに向ける。そしてそのまま数秒見ていると、文字がポップアップ表示される。
魔剣ヴィゾフニル:ATK +560 AGI +50
光刃モード ON
光刃モードをOFFにしますか? Y/N
浩一はその表示を見て、Nにしようと念じる。すると、表示が切り替わる。
魔剣ヴィゾフニル:ATK +560 AGI +50
光刃モード OFF
光刃モードをONにしますか? Y/N
もう一度ONにする気はないので、そのまま視線を外した。これでもう勝手に光の刃は出ないはずだ。
気を抜いた浩一は、歩きながら再びフローリアの姿を盗み見するのだった。
* * *
「お、アレが街?」
遠くに、なにか大きな茶色いものが見える。壁のようだ。
「ええ、そうよ。アレが私が数日暮らしてた街、アリアードよ。まあ、これといって見るところもないごく普通の田舎街ってところかしらね。領主が善政を敷いてるから、結構暮らしやすい街だと思うわ」
「へー……あ、そうだ」
街が見えてきたところで、浩一はあることが気になる。
「俺、スライムを召喚して使役出来るんだけど、やっぱり街中で出したらまずいかな」
「……あなた、本当に色々出来るのね。まあ、ええ、そうね。宿をとって自分の部屋の中でならともかく、それ以外では出さない方がいいでしょうね。確実に、街に害意があると思われるわ」
やはりそうか、と街中で出すことを諦める。
「それにしても、スライムを召喚なんて珍しいわね。普通はもっと強いモンスターを使役するものだけど」
「そうなのか? まあでも、スライムってちょっと可愛いだろ」
「言われればそうかもしれないけど、それだけでしょ。戦闘の役には立たないじゃない。スライムが相手じゃ他のモンスターも舐めてかかるから囮にもならないだろうし……」
やはり、この世界でもスライムは最弱のモンスターとして認識されているようだ。ならばあのパラメータの低さも頷ける。
「でも、俺のスライムは特別でね。鍵を開けたり罠を解除したり出来るんだ。結構便利だと思うぞ」
それを聞いたフローリアは、一瞬だけ目を見開いた。
「……使役者が変わってると、モンスターも特殊なスキル構成に変わるのかしら……」
ツッコミを入れたかったが、浩一は堪えた。自分はこの世界では変わり者なのかもしれない、とはなんとなく思っていたからだ。
「そんな話してる間に街が近づいてきたけど。コーイチ、あなた……身分証明書は持ってるわよね?」
「…………え?」
もちろん、持っていない。浩一の反応でそれを察したのか、フローリアは呆れたように大きく溜め息をつくのだった。